アイルランドの成功から学ぶこと

先日、留学していたMBAで事務局を担当していたマーサと久しぶりにオンラインでお話しする機会があった。初めての海外生活で右も左もわからなかった私は、彼女にずいぶんお世話になったし、迷惑をかけた。卒業して27年も経つのに私のことをちゃんと覚えてくれていて、嬉しかった。

ところで、マーサはアイルランド系アメリカ人(アイリッシュ・アメリカン)である。マーサだけでなく、アメリカにはアイリッシュが多い。アイリッシュは非常に優秀で、アメリカ社会の様々な分野で大活躍している。ケネディ、ニクソン、レーガン、クリントンの各大統領がアイリッシュである。

プロテスタント系のアイルランド人は、18世紀にヨーロッパで最も貧しかった故郷を捨てて、新天地・アメリカに移住した。1845年にアイルランド人の主食物だったジャガイモが疫病で枯れ死にするジャガイモ飢饉が起こると、移住が加速した。

ジャガイモ飢饉では、約100万人が餓死および病死し、アイルランド人は2025%も減少し、1020%が国外に移住したという。まさに想像を絶する国難だったが、アイルランド人は苦難を乗り越え、それぞれの地でたくましく生きた。

では、消滅の危機に瀕したアイルランドは、その後どうなったか。

ジャガイモ飢饉から140年以上、アイルランドは世界の発展から取り残されてしまった。ところが、1990年代以降、一転して「アイルランドの奇跡」と言われる急速な経済発展を遂げた。いまでは1人当たりGDP8.79万ドル(約1,300万円)で、ルクセンブルク10.49万ドルに次いで世界2位、日本2.79万ドルの3倍以上である。

アイルランドは1990年代以降、「このままではグローバル化の波に飲み込まれて国が滅んでしまう」という危機感を持って、以下のような改革に取り組んだ。

ü  法人税率を12.5%に引き下げ、ヨーロッパからIT・金融・製薬など付加価値の高い産業を誘致した。企業が知的財産から得た収益に対しては、さらに低い税率を適用した。研究開発にも大胆な優遇税制を導入した。

ü  事業規制を緩和し、外資系企業がビジネスをしやすい環境を整備した。

ü  移民規制を緩和し、海外から優秀な人材を呼び込んだ。

このアイルランドの成功は、わが国にとって大きな示唆になるように思う。

いま、日本は少子化・人口減少に見舞われ、30年以上も経済は低迷している。ただ、1845年以降のアイルランドに比べたら、現在の日本は苦境といってもたかが知れている。

日本が本当に現在の苦境から脱したいなら、アイルランドを見習って、法人税率を下げ、事業規制や移民規制を緩和し、海外から資金・企業・人材をどんどん呼び込めば良いではないか。アイルランドだけでなく、ルクセンブルクやシンガポールもこのやり方で大成功している。

というと、「消費税を差し置いて法人税を下げるというのは、企業優遇で納得できない」「移民が増えると治安が悪化してしまう」といった批判や「アイルランドのような小国とわが国では条件が違い過ぎる」といった慎重論が噴出する。批判や慎重論だけで対案を出さないので、議論がまったく前に進まない。

国が滅んでしまえば企業優遇も治安の悪化もないわけで、ずいぶん悠長だと思う。結局のところ、多くの日本人は現在の苦境を訴えつつも、「まあまあ幸せで、思い切った手を打つほどではない」と楽観的に考えているのだろう。

 

(2025年3月31日、日沖健)