他にやるべきことがある

選択的夫婦別姓制度の導入に向けた議論が進められている。1996年に法務大臣の諮問機関の法制審議会が制度導入を提言する民法の改正案を国に答申して以来、この問題は30年近く放置されてきたが、導入を強く求める経団連の提言などもあって、今国会の一つの焦点になっている。

ただ、現時点では、経済界や一部の野党など推進派と自民党保守層など反対派の意見の隔たりは大きく、この問題に決着が付くのかどうか、不透明である。おそらく、多くの国民が言う「他にやるべきことがある」という声に流されて、今回も結論の先延ばしになるのではないだろうか。

いまわが国には、物価高対策・景気対策・災害対策など優先的に対処するべき課題がたくさんある、とくに緊急でもない選択的夫婦別姓制度について国会で悠長に話し合っている場合ではない、というわけだ。

制度導入の是非はさておき、「他にやるべきことがある」という理由で結論が先延ばしになるのは、いかがなものだろうか。

世の中には、どんな時でも課題がある。「他にやるべきことがある、だからいま検討する必要はない」と言っていると、一刻を争う性格ではない課題は、いつまで経っても検討の俎上に上らない。こうして問題を先送りしていると、何も変わらず、退歩もない代わりに進歩もない。

「他にやるべきことがある」というのは、軋轢を生む困難な意思決定を回避したい政治家にとって、非常に都合の良い言葉である。今回、選択的夫婦別姓制度を導入するにせよ、しないにせよ、日本の政治家は悪しき先送り体質から脱却して欲しいものである。

ところで、こうした先送りは、政治の世界だけではない。コンサルタントをしていると、クライアント企業でもよく似た状況を目にする。

私がかつてお付き合いしていたメーカーX社では、2008年のリーマンショック以降、既存事業の業績が悪化し、事業構造の抜本的な見直しを迫られている。X社の若手・中堅クラスは、既存事業の他社との経営統合と新規事業への進出を経営陣に訴えた。

ところが、訴えを受けた経営陣は、「そういう一か八かの賭けに出る前に、コスト削減など他にやるべきことがあるだろ」とまともに取り合わなかった。ということが数年おきにあって、X社は今も見通しのない低空飛行を延々と続けている。

X社の経営陣にとって、既存事業の他社との経営統合と新規事業への進出は、厳しい現状の経営から逃げ出そうという「安易な姿勢」と映るようだ。私から見ると、重要な意思決定を先送りする経営陣の姿勢の方が安易だと思うが、それを指摘すると経営陣はブチ切れるだけで、「日沖さんの言う通りだ」と言われた経験はない。

今回は、政治家と経営者をやり玉に挙げたが、我々の生活も意思決定の連続である。緊急なことは重要性に関係なく誰しも取り組むが、重要であっても緊急性が低い課題には、なかなか取り組まない。

緊急ではないが重要性が高い課題に取り組むか、「他にやるべきことがある」と先送りするか。この違いで、人生は大きく変わってくると思う。

 

(2025年3月17日、日沖健)