減税だけでなく財源の議論もするべき

昨年秋から続いてきた所得税の「年収103万円の壁」を巡る議論が、いよいよ佳境を迎えている。先週27日、自民党の税制調査会は、「160万円」に引き上げるために税制関連法案を修正する方針を了承した。今週、引き上げ幅などで野党と合意することになりそうだ。

ただ、引き上げ幅で与野党が合意したらこの問題は「決着」なのだろうか。個人的に心配しているのは、国民受けを意識して減税の話ばかりが先行し、財源の問題がほとんど煮詰まっていないことだ。

さすがに減税して別の税金を引き上げるわけにはいかないので、①税収の増加分の充当、②赤字国債の発行、③行政改革や社会保障費削減など歳出削減、という方法で財源を手当てすることになる。

この中では③、とりわけ行政の無駄をなくすのが最も望ましい財源だとされる。しかし、③で大きな資金をねん出するのが難しいことは、旧民主党政権で証明済みだ。ということで①か②になるわけだが、ともに恒久的な財源ではないので、財政の悪化が懸念される。

国際通貨基金(IMF)は27日に、年に1度の対日経済審査を終えて声明を公表した。国民民主党が求める「103万円の壁」の引き上げや日本維新の会が訴える「高校教育の無償化」を念頭に、日本の財政悪化に懸念を示した。減税などの財源については、「追加歳入の確保もしくは他分野の歳出削減によって賄われなければならない」と強調している。

極めて重要な指摘だと思うが、日本国内ではIMFの声明はほぼスルーされた。政治家は与党も野党もガン無視、国民も無視するか、SNSなどで「わが国のことを知らない奴らは黙ってろ!」という感情的な反発があった程度だ。

IMFの声明を無視しても、とくに何か困ることがあるわけではない。一方、無視できないのが格付けだ。

現在の日本の格付けはA+(シングルAプラス)で、主要国ではイタリアに次いで下から2番目に低い。S&Pなど海外の格付け会社は、かねてから日本の財政悪化に懸念を表明しており、今後の財源を巡る議論によっては、格下げの動きが出てきそうだ。

格付け会社がすぐに格下げに踏み切ることはないとしても、今は「安定的」としている今後の見通しを「ネガティブ(引き下げ方向)」に変更することは十分にありうる。格下げはもちろん、見通しを変更するだけでも、国債金利がかなり上昇することが確実である。

もし国債金利が上昇したら、(今後発行する)国債の利払い増加、企業の資金調達コストアップ、住宅ローン金利上昇、株価下落など、日本経済に甚大な影響が及ぶ。無視したり、「国内の問題だ」としている場合ではない。

ところで近年、今回の財政の問題だけでなく、日本が国際機関などから勧告・批判を受け、それを無視するという場面が増えている。たとえば、選択的夫婦別姓制度について、国連の女性差別撤廃委員会から2003年以降4回に渡って導入を勧告されているが、政府も国民も「国内の問題」として無視している。

「国内のことは国内で決めるのが当然だろ」というのは真っ当な反応に見えるが、そうだろうか。もちろん、最終的に決めるのはその国の政府・国民だが、意思決定のプロセスで国際機関からの勧告や海外の専門家・メディアからのアドバイスをもっと柔軟に取り入れるべきではないだろうか。

明治維新や戦後の復興期に、わが国は諸外国からのアドバイスを謙虚に受け入れて国家を発展させた。一方、満洲事変から満洲国建国の頃、国際連盟の勧告を拒否し、戦争への道を突き進んだ。今日のわが国が「日本には日本のやり方がある」と独自路線に固執し、いよいよ衰退することがないよう祈りたい。

 

(2025年3月3日、日沖健)