酒は売るもの吞まぬもの

居酒屋「養老乃瀧」を創業し、日本屈指の外食チェーンに育てた木下藤吉郎(本名・矢満田富勝)は、次のような興味深い言葉を残している。

「俺はあんまり酒は呑まない。社員にも言い聞かせてきた。酒はあんまりためにはならない。お客様はありゃ馬鹿だ。お客様のマネはするな。吞んだつもりで貯金して、故郷の親に送ってやれ。酒は売るもの吞まぬもの。売って儲けるためにある」(「藤吉郎食堂経営回顧録⑤」『月間食堂』19715月号)

 私を含めて酒飲みには、実に耳が痛い言葉だ。以前は「酒は百薬の長」と言われたが、近年の研究でアルコールは少量でも体に良くないことがわかっている。酒代は家計の負担になる。飲んでいる最中は気持ちいいという程度で、全般的には良いことはない。とくに外飲みは値が張るので、夜な夜な飲み歩いている客は、まったくの大馬鹿者である。

ということで、木下の言葉は至極ごもっとも。ぐうの音も出ないわけだが、企業経営に関係している人、とりわけ経営コンサルタントは、この言葉に強い抵抗感を持つのではないだろうか。

 私の知る多くの経営コンサルタントが、クライアントに対し「売っている商品を愛し、お客様に自信を持ってお勧めしよう」「お客様のことを愛し、真心を込めて奉仕しよう」とアドバイスしているからだ。

売っている商品を毛嫌いし、お客様を馬鹿者呼ばわりする木下藤吉郎と売っている商品やお客様を心から愛するべきだという経営コンサルタント。どちらが正しいだろうか。

心情的には同業の経営コンサルタントの肩を持ちたいところだが、実績を見れば勝敗は一目瞭然。木下藤吉郎にさっと軍配が上がる。私の知る限り、「商品・お客様を愛せ」とアドバイスし、ビジネス的に成功しているコンサルタントは見当たらない(セミナー講師や経営顧問として活躍している人はいる)。

ところで、経営コンサルタントはどうして「商品・お客様を愛せ」とアドバイスするのだろうか。「崇高でカッコイイから」というのが1つの理由だが、もう1つ「自分自身がそうしているから」というのがより大きな理由だと思う。

つまり、多くの経営コンサルタントは、ある業界が好きだったり、企業経営を分析するのが好きだったりして、「(クソつまらない会社勤めを辞めて)大好きなコンサルティングをやりたい」とこの商売をしている。また、「愛する地元の発展に貢献したい」「お世話になった人たちに恩返しをしたい」という思いで活動している。

つまり、経営コンサルタントは、自分自身が商品(コンサルティング)やお客様(地元・恩人)を愛しているから、自分のクライアントにも同じようにすることを要求しているわけだ。

経営コンサルタントが商品やお客様を愛するのは、人の考え方なので、一向に構わない。しかし、SNSでつぶやく程度ならともかく、実績が上がっていない自分の考え方を無批判にクライアントに押し付けるのは、いかがなものか。他人にアドバイスする前に、「本当にそうすることがお客様のプラスになるのか」と自問する必要がある。

「商品・お客様を愛せ」と言うコンサルタントは、口ではお客様第一と言いながら自分本位になっていないだろうか。「顧客志向」という言葉の意味を確かめて欲しいものである。

 

(2025年2月10日、日沖健)