フル稼働のその先

知り合いの中小企業診断士Xさんが「そろそろ年間の稼働日数が200日に達しそう」とのことだ。Xさんは、数年前に大手メーカーを辞めてコンサルタントとして開業した。マネジメント研修の分野で順調に受注を拡大し、稼働日数が増えた。

「稼働日数200日」と聞いて、会社員の方は「俺も200日以上出勤しているよ」と思うかもしれない。しかし、コンサルタント(や研修講師)の場合、稼働日の前に営業・顧客との調整・準備、稼働日の後に報告・事後フォローといった付帯業務がある。

稼働日の前後に1日ずつ付帯業務があるとして、年120日稼働なら相当な人気者だ。ビジネスが軌道に乗るとリピート案件が増えるので、付帯業務がかなり減るが、それでもゼロにはならない。年200日稼働のXさんは、ほぼフル稼働の状態で、超人気者である。

数年前、私は独立開業直後(?)のXさんに、「コンサルタントの稼働日数は200日がマックスだよ」とお伝えした記憶がある。ただ、そこから先のことは何も言わなかったので、少し考えてみよう。

工場などでもそうだが、一般にフル稼働に達した後の対応には次の3つである。

  フル稼働の状態を維持する

  付帯業務の合理化やアウトソーシングで稼働日数を増やす

  付加価値(=単価)の低い業務を減らし、高い業務を増やす

どれを選択するかは本人の考え方次第だが、圧倒的に多いのは①である。①だとこれ以上売上高が増えないが、減るリスクは小さい。一方、②は営業をアウトソーシングすると返って売上が減ってしまうかもしれない。③も付加価値の高い業務へのシフトがうまく行かなかったら、売上が減る。

コンサルタントは「人気が勝負」なので、独立開業した直後の知名度がない頃は、低収入で赤貧の生活である。その後ビジネスが順調に拡大しても、「またあの飢餓状態に戻るのではないか」という恐怖心が常にあり、少しでも売上が減るのを極度に恐れる。そのため、②③でリスクを取って売上を増やそうとするのではなく、①で確実に儲けようとするのだ。

ところで、私もXさんとよく似た経験をした。22年前に独立開業して、売上ゼロからスタートし、約3年後にフル稼働に達した。そこから②や③を試みたがうまくいかず、結局15年以上もダラダラと①を続けた。私は偉そうに診断士関係の本を書いたりしているが、飢餓状態が怖かった。

ただ、昨年あるきっかけで、付加価値の低い仕事や気乗りしない仕事を思い切って減らすことにした。当然、稼働日数が減り、売上も減ったが、減ってみると不思議に飢餓状態の恐怖は感じない。

一方、稼働日数が減って余裕ができた途端に、テレビ局・スポーツ競技団体・反社・世界的投資家など、それまで接触がなかった方面から相談や仕事の依頼が来るようになった。元々新しい人と会うのは好きなので、お陰で以前よりかなり幸福感の高い生活をしている。

私の経験だけで一般論を語るのは危険だが、新しい生活に踏み出そうと思ったら、いまやっていることを捨てる必要がありそうだ。今度Xさんと会う機会があったら、断捨離を勧めるべきかどうか、迷っている。

 

(2024年9月23日、日沖健)