注目を集めていた今年の春闘が、先週13日に集中回答日を迎えた。昨今の物価高や人手不足を受けて、過去最高水準の賃上げ回答が相次いだ。大手企業の多くは満額回答で、中には組合要求を上回る回答をした企業もある。
日本では物価上昇に賃上げが追いつかず、実質賃金は22か月連続でマイナスである。今回の大手企業の賃上げが中小企業にも波及し、近く日銀がゼロ金利解除に踏み切った後もその流れが腰折れせず、デフレから完全に脱却することを期待したい。
ということで、賃上げ自体は非常に好ましいことだが、ひねくれ者の私には気になることが2つある。
1つは、日本で春闘が延命しそうなことである。労働組合は「春闘によって賃上げが実現し、組合員の生活水準が向上している」と春闘の意義を強調するが、そうだろうか。
たしかに、収益性が低いダメ企業の従業員にとっては、春闘で他企業に引っ張られて賃金が上がる。一方、収益性が高い優良企業の従業員にとっては、逆に他企業に足を引っ張られて賃金が思ったほど上がらない。
日本が貧しかった頃、労働者が最低限の生活を維持するには、春闘は有効だった。しかし、豊かになった今日の日本では、春闘は優良企業の賃上げを抑制するというデメリットの方が大きいのではないか。国が豊かになると組合組織率が低下するのは(日本は戦後50%超だったが、現在は16%。アメリカは現在10%)、こうした事情による。
今回の“成功体験”によって日本の春闘が延命し、優良企業でも賃金が増えない状況が続くと、外国人はもちろん、日本人でも優秀な層は日本企業で働くことを敬遠するようになるだろう。「そんな大げさな」と思うかもしれないが、すでに東大・京大の就活生の間では、外資系コンサルティング会社が一番人気であるという事実を直視する必要がある。
もう1つ、政府の賃上げ要請が常態化しそうなことである。第二次安倍政権から、デフレ脱却を目指して毎年のように政府は経団連・日経連など経済団体に賃上げを要請してきた。今回の“成功体験”で気を良くした政権与党は、デフレの懸念が出てきたり、選挙が近づくたびに、賃上げ要請をすることになるだろう。
賃金は、企業が生み出す付加価値の分配である。企業が成長して付加価値が増えたらもちろん分配(賃金)を増やすが、低成長で付加価値が増えない日本の状況で無理に賃上げをすると、企業は疲弊し、分配を削られた株主は納得できない。この状態が続けば、最終的に企業は日本から脱出するだろう。
企業が日本からいなくなれば、そもそも職場がなくなるわけで、労働者にとっても大きな痛手だ。基本的に賃金は、企業と労働者が決めるべきで、政府が介入するのは資源配分をゆがめるだけだ。
ところで、春闘では経営者と組合委員長が交渉するが、企業別組合の日本では組合委員長はその会社の従業員なので、経営者と対等な立場ではない。そのため、満額回答だろうとゼロ回答だろうと、基本的には経営者の言うことを聞くよりほかない。日本の組合はよく「第二人事部」と呼ばれる通り、経営に対する影響力はほとんどない。
一方、欧米諸国では、産業別あるいは職種別の組合が一般的で、組合委員長は交渉相手の会社の従業員ではい。そのため、経営者とは対等な立場で交渉できる。組合の経営に影響力が強い(もちろんそれを嫌がる経営者が多い)。
日本固有の企業別組合は、「日本的経営の三種の神器」の一つだと言われる通り、戦後の日本企業の成功した大きな要因になった。しかし、グローバル化・ジョブ型雇用といった流れから、行き詰まっているのも事実だ。
組合には、今回の“成功体験”に慢心せず、どのように存在意義を発揮するか、存在意義がないならどう組織を解消するか、議論を深めてもらいたい。
(2024年3月18日、日沖健)