私事だが、21年前に会社を辞めて独立開業した当初、ある資格予備校の中小企業診断士講座で教えながらコンサルタント・研修講師として活動するという二刀流(三刀流?)を目指した。平日夜と週末は資格予備校で教え、平日昼間はコンサルタント・研修講師をし、「365日働いて稼ぎまくるぞ!」という皮算用だった。
しかし、結果的に二刀流生活は2年も続かなかった。正確に言うと、2年間資格予備校で教えたが、コンサルティングや研修の方はなかなか受注が増えず、中途半端な状態だった。二刀流は難しいと判断し、資格予備校の仕事をすっぱり辞めて、コンサルティングと研修に集中することにした。
私の周りを見ても、受験予備校の講師とコンサルタント・研修講師の二刀流で活躍している中小企業診断士はいない(自称「診断士界の大谷翔平」はいるが)。
なぜ二刀流が実現しないのだろうか。それは、資格予備校の講師とコンサルタント・研修講師は、人に向かってしゃべるという点では共通しているが、水と油といっていいくらい性質が異なるからだ。
資格予備校の講師は、受講者に対し「ここが絶対に試験に出ます」「これがマーケティングリサーチの鉄則です」と言い切る必要がある。もし「ここは重要ですが、試験に出るかどうかは不確かです」「いろんな見方があります」という言い方をすると、「どこが試験に出るのかちゃんと教えてくれなかったクソ講師」と最悪の評価になってしまう。
資格予備校の講師の仕事を続けていると、この一方的に言い切るしゃべり方が板に付いてしまう。本人が気を付けても、見る人が見れば、「このしゃべり方は、資格予備校の講師だな」と簡単にわかる。
しかし、実際の企業経営では、いろいろなやり方があり、絶対の正解はない。コンサルタントの役割は、クライアントの企業経営者に正解を教えるのではなく、その会社の実情に合った答えを経営者と一緒に考えることだ。まさにクライアントがコンサルタントに相談する(consult)のだ。
コンサルタントからクライアントの事情にお構いなく一方的に「御社は財務リストラクチャリングをするべきです」「そのやり方は不正解です」と言われると、経営者は「何もわかっていないくせに、よくそこまで言い切ることができるな」と拒否反応を示す。これが、資格予備校の講師がコンサルティングでうまく行かない理由である。
研修も同じだ。一方的に受講者に伝える研修もないわけではないが、たいていの場合、研修講師が企業の教育担当者と相談してプログラムを作る。研修の場では、受講者の反応や理解度を確かめて、軌道修正しながらインタラクティブに進める。
人に教えるという点では、予備校の授業も研修も同じように見える。しかし、一方的に受講者に伝えるか、受講者と一緒に考えるか、という点において、両者には根本的な違いがあるのだ。
他にも、経営戦略と会計の両方に卓越したコンサルタントは少ない。理論と実践を両立させるのは困難だ。診断士界に大谷翔平はなかなか見当たらない。
ということで、コンサルタントは、自分の得意分野にドメインを集中する必要がある。リカードの比較生産費説によると、誰でも絶対的な優位性はなくても、比較優位はある。比較優位を見つけ出し、それに専念することが成功のポイントである。
もっとも、一つのことに絞り込んでずっとそれを続けていると、視野が狭まり、人間的に面白くない、「専門バカ」になってしまう。専門性と人間的な魅力の両方を求めるという二刀流への挑戦は、やはり必要なことである。
(2023年11月6日、日沖健)