今回は、独立開業の失敗に関する話。
家庭を持つ男性がコンサルタント(中小企業診断士)として独立開業する時、たいてい奥様から猛烈な反対を受ける。そこで、「2年やってみてダメだったら再就職し、会社員に戻るから」と約束し、反対を押し切ることがある。
こうして背水の陣を敷いて事業に取り組むのだが、コンサルティングという目に見えないサービスを売るのは容易なことではない。かなり高い確率で、年収が500万円だった会社員が独立開業して2年経っても年収200万円しか達しない、という状態になる。
ここで、高齢者はともかく、その気になればいくらでも再就職できそうな若手・中堅でも、多くが奥様との約束を反故にして貧乏生活を続けている(もちろん、さっさと見切りをつけて再就職する人もいる)。
独立開業に失敗したのに、なぜあきらめて再就職しないのだろうか。事情はもちろん人それぞれなのだが、独立開業の直後に「収入ゼロ」という極限状態を経験したことが大きいと思う。
大成功した企業経営者や有名人がコンサルタントに転身するといった特殊なケースを除いて、たいていのコンサルタントは、独立開業の直後は無収入か、生活できないレベルの低収入だ。そして、無収入・低収入の状態が数か月、あるいは1年以上続く。
将来大きな収入が確実に見込めるなら、収入ゼロでも「いい充電期間かな」と思える。しかし、コンサルタントの場合、将来収入が入ってくるかどうか、まったく不確かだ。そのため、かなり精神的にタフな人でも「ずっとこの状態が続いて、俺は家族ともども野垂れ死にするのかな」と命の危険を感じる。私もそうだった。
収入ゼロの状態を経験した後、クライアントを獲得し、収入を得ると、「ああ、これで俺も死なずに済んだ」と安堵する。たとえその収入が微々たる額でも、「自分はコンサルタントとして人から認められたんだ」と実感する。
その後、順調に受注が増えたとしても、かなりの人気者にならない限り、会社勤務時代の年収を大きく上回ることではできない。多くのコンサルタントの年収は、「500万円→0円→200万円(その後もずっと)」と推移する。
この様子を見た世間の人は、収入ゼロの飢餓状態を知らないので、「500万円→200万円」と捉える。「年収500万円あったのに200万円に激減し、まったく可哀想に」「どうして会社員に戻らないの? アホですか?」と思う。
しかし、収入ゼロの恐怖を体験した本人は、「0円」が強力な心理的なアンカーになり、「500万円」という過去を忘れて、「0円→200万円」と現状を認識する。「最悪の状態を脱し、ビジネスは上向きだ。この調子で頑張ろう」と考える。
しかも、独立開業する人の多くは、組織の中で上司に命令されて仕事をすることを良しとしていない。良い言い方をすると「一匹狼」、悪い良い方をすると「組織不適合者」で、会社員生活に戻るより、我慢できる程度の貧乏なら一人で働くことを好む。これが、独立開業に失敗してもなかなか会社員に戻らない理由である。
といった独立開業のリアルはなかなか知られておらず、世間では「俺は独立開業1年目に1億円稼いだ」といった景気の良い話(真偽不明)ばかりが喧伝されている。失敗事例を中心とした独立開業のリアルについて近く出版する予定なので、ご期待いただきたい。
(2023年10月2日、日沖健)