世間のコンサルタントがよく口にするが、私が意識して使わない言葉(つまり、嫌いな言葉)がいくつかある。その一つが「社長の想いを叶える」である。
コンサルティングの依頼はたいてい社長から来るので、コンサルタントは案件を受注するために、「私のコンサルティングで社長の想いを叶えます!」と高らかに宣言する。しかし、「社長の想いを叶える」のは、本当に良いことなのだろうか。
ここで事例を1つ。ある専門商社のA社長からコンサルタントのB氏に「このところ従業員のコンプライアンス違反が増えている。従業員を監視するルールと仕組みを作って欲しい」という相談が来た。B氏は「わかりました。社長のご期待に沿うよう、従業員監視のルール・仕組みを作ります!」と応え、受注した。
B氏は会社をしっかり分析し、A社長の要望通りに従業員監視のルール・仕組みを作った。ところが、その後もコンプライアンス違反はまったく減らなかった。ルール・仕組みがないことが、コンプライアンス違反の原因ではなかったからだ。
社長の権限が強いオーナー企業では、問題の原因は社長自身にあることが多い。この会社では、A社長がトップダウンで従業員に指示を出し、一人一人の従業員を手取り足取り指導・管理するやり方をしてきた。しかし、事業が発展し組織が大きくなると、A社長の目が届かない場面が増えてきた。コミュニケーションが希薄な地方の営業所で従業員のモラルが低下し、コンプライアンス違反が増えていたのだ。
つまり、従業員を監視するルール・仕組みがない点ことよりも、組織の実態に合わないトップダウンのマネジメントを続けていることが、A社の最大の問題点だった。したがって、B氏は、「トップダウンのビジネスプロセスの見直し」をコンサルティングのテーマに取り上げるべきであった。
もちろん、B氏が「トップダウンのビジネスプロセスを見直しましょう」と提案したら、A社長は「俺の経営のやり方が悪いというのか!」と激怒し、「お前には仕事を頼まん」とご破算になってしまったかもしれない。コンサルタントにとって悩ましいところだ。
この事例のようにコンサルティングでは、社長の想いと会社にとって大切なことが対立するということがよくある。社長のためのコンサルティングか(この場合、従業員を監視する仕組み作り)、会社のためのコンサルティングか(この場合、ビジネスプロセスの見直し)という判断になる。
どちらを選ぶべきだろうか。個人的には、社長の想いよりも会社にとって大切なことを優先するべきだと思う。なぜなら、ありきたりの表現になるが、「会社は社会の公器」だからだ。
法的には、会社はオーナー社長の私有物である。しかし、1人でも従業員を雇っていたら、同時に社会の公器である。まずは会社にとって大切なことを優先し、それを妨げない範囲で社長の想いを叶えてあげるというスタンスがコンサルタントには必要だと思う。
また、社長の私利私欲を優先すると、従業員が「なんであの社長のために俺たちが我慢しなくちゃいけないんだ」と考え、社長に付いてこない。したがって、長い目で見て会社が発展しない。逆に、会社にとって大切なことを優先した方が、社長の想いは叶わないものの、結果的に社長のためになる。
もちろん、ここまで書いてきたことは私の個人的な意見で、絶対ではない。社長のためのコンサルティングか、会社のためのコンサルティングか。オーナー社長からの依頼でコンサルティングをすることが多い中小企業診断士には、是非考えて欲しい論点である。
(2023年8月7日、日沖健)