各種報道によると、牛丼チェーンの吉野家が、定年を迎えた社員を運転手として再雇用する制度の導入を検討しているという。60歳で定年を迎えたら嘱託社員として再雇用し、物流センターから吉野家の店舗への食材や備品の配送業務を担当する。すでに1月から大阪府で実証実験を始めているという。
労働基準法が2024年4月に改正され、トラック運転手には時間外労働に上限が課される。物流業界では「2024年問題」と騒がれている通り、この法改正によってドライバー不足が深刻化し、物流が滞ってしまうリスクがある。
また、高年齢者雇用安定法が2021年に施行され、65歳から70歳までの労働者の就業機会を確保するため、「70歳までの定年引上げ」もしくは「70歳までの継続雇用制度」などの措置を講ずる努力義務が課された。企業にとって、高齢者の雇用維持もまた大きな課題になっている。
吉野家の経営陣は、今回の新制度で「2024年問題」が解消され、高齢者に定年再雇用の機会を確保でき、「一石二鳥の妙案!」と胸を張っているかもしれない。しかし、ネット掲示板などでは、今回の吉野家の動きをネガティブに捉える声が氾濫している。
「あーあ。これで事故が増える。老化した素人の不慣れな運転手ってどうかね。運転中に具合が悪くなっただけで惨劇確定」
「どうしても働き続けたい社員は、配送業務に回されるって話ですね。2024問題対策といえば聞こえはいいけども、高齢者を安く使いたいだけじゃないの?」
まったくもって同感だ。2019年の池袋の暴走事故以来、高齢者の運転事故が社会問題化し、高齢者の運転を制限しようとしている。こうした中、逆に高齢者の運転を増やそうという今回の措置は、妙案どころか、「反社会的」と言える愚策だ。世間の声を顧みずに突っ走ってしまうのは、吉野家の面目躍如と言うべきところか。
ただ、ずれているのは吉野家だけではない。物流業界や政府(国土交通省)の「2024年問題」への対応にも、疑問に感じる点が多い。
物流業界は、高齢者に目を向ける前に、若い人がドライバーになりたがらない現状を直視する必要がある。若い人が喜んで物流業界で働きたくなるよう、ドライバーの賃金や待遇、働き方をなど環境を整備することに、まず取り組むべきだ。物流作業のロボット化や配車業務のAI化など技術の力で解決できる課題も多い。
また、自動運転の普及に本腰で取り組まない国土交通省の責任は重大だ。高齢者の事故のニュースを見るたびに、高齢者には自動運転車に限って免許を交付するべきだと痛感する。物流業者に対しても、自動運転に切り替えたら補助金を出すなど普及促進措置を導入してはどうだろう。
という話をすると、「自動運転はまだ完璧ではない」などと技術的な問題点を持ち出して反論する向きがある。しかし、近年、自動運転の技術はどんどん進化しており、少なくとも高齢ドライバーよりははるかに安全だ。おそらく国は、自動運転になるとコストアップで自動車の売れ行きが悪くなることから、トヨタなど自動車メーカーに遠慮しているのだろう。
自動運転に舵を切り、自動車メーカーに少しばかりの販売減を我慢してもらうか。自動運転を促進させず、高齢者に老体に鞭打って運転させ、事故が起こっても国民に我慢してもらうか。答えは自明だと思うのだが、いかがだろう。
(2023年4月24日、日沖健)