先日、日経CNBCの投資番組を見ていたら、コメンテーターがDX支援をしている新興企業の紹介で、「最近ちょっと下火のDXですが…」と言っていた。言われてみれば、企業経営者との会話でも、昨年後半からDXという言葉をあまり耳にしなくなった。
スウェーデンのストルターマン教授がDXという言葉を提唱したのが2004年。日本では2015年頃に一部のコンサルティング会社やITベンダーが使い始め、2018年に経済産業省が「DXレポート」を発表し、広く知られるようになった。さらに、コロナ禍でテレワークやオンライン営業が普及したことを受けて、DXに取り組む企業が増えた。
そのDXが下火になりつつあるのは、コロナが収束したという事情もあるが、元々DXという言葉がコンサルティング会社やITベンダーが商売のために広めたバズワード(もっともらしいが実際には意味があいまいな用語)だったからではないだろうか。
一般人の「DXってIT化と何が違うのか?」という疑問に対し、コンサルティング会社やITベンダーは、「IT機器を使って既存の業務を効率化するのがIT化。それに対し、ITを使って戦略やビジネスプロセスを抜本的に変革するのがDX。IT化とDXはまったく違う」と説明する。
しかし、DXという用語が登場する以前、コンサルティング会社やITベンダーは「IT機器を入れて既存業務を効率化するだけではダメだ。ITを使って戦略やビジネスプロセスを抜本的に変えるのが、真のIT化だ」と力説していた。
つまり、「DX=真のIT化」であって、DXとIT化に本質的な違いはないということになる。2000年代前半に企業のIT投資が一巡し、次の需要を喚起する必要に迫られていたコンサルティング会社やITベンダーがDXという新語に飛びついたというのが、実態であろう。多くの人が薄々気付いていた通り、「やっぱりDXって新手の宣伝文句だったのか」というわけだ。
化けの皮が剝がれて、DXという用語はビジネスに定着することはなく、数年後には誰も口にしなくなるだろう。しかし、これはたいへん残念なことだ。なぜなら、日本では「真のIT化」があまり進んでいないからだ。
日本企業は2000年代に巨額のIT投資をしたが、コンサルティング会社やITベンダーが指摘するように、既存の業務をIT機器を使って効率化しただけで、戦略やビジネスプロセスを抜本的に転換したケースは少なかった。日本企業が「バズワードに踊らされるな」の一言でIT化に背を向けるとすれば、ますますグローバル競争に立ち遅れてしまうだろう。
同じ意味で個人的に注目しているのが、人的資本経営だ。2020年に「伊藤レポート2.0」が公表されて人的資本経営が注目されるようになり、いま上場企業は4月から始まる人的資本開示に向けて準備を進めている。
ただ、人的資本経営の「戦略実現のために人材に投資をしよう」という主張は、1980年代から戦略的人的資源管理でずっと言われてきたことで、本質的な新しさはない。こちらもバズワード臭さが漂う。4月以降、人的資本開示が一段落したら、DXと同じように言葉としては下火になるかもしれない。
ただ、日本企業では、基本業務のOJTは充実しているものの、専門性やマネジメント能力を高める教育訓練はまったく不十分だ。これまたDXと同様に、「バズワードに踊らされるな」という一言で教育投資に背を向けるとすれば、非常に困ったことである。
DXと人的資本経営というバズワードがどういう末路をたどるのか、日本企業が課題を自覚して解決に取り組むのか、大いに注目したい。
(2023年3月6日、日沖健)