「一身上の都合」で8月10日に辞任を表明していたENEOSホールディングスの杉森務会長が、7月に沖縄の飲食店で女性店員に性加害に及び、骨折させるという事件を起こしていたことが、9月20日付「新潮オンライン」の報道で明らかになった。
杉森会長は、私がENEOSの前身の日本石油に1988年に入社した時の新人教育担当者で、社会人の基本を教えていただいた恩人である。恩人や貴重な成長機会をいただいた元勤務先を非難するのは気が引けるのだが、看過できない点があるので、コメントしておきたい。
1つ目の問題点は、齊藤猛社長や社外取締役ら現経営陣が杉森会長からの辞表を受理し、その後何もせず「一件落着」としていることである。
メディアは今回の件を「セクハラ」と表現しているが、相手に怪我を負わせたなら、立派な傷害事件だ。ENEOSでも他の会社でも、一般従業員が勤務中に傷害事件を起こしたら、依願退職を認めず、懲戒解雇に処するのではないか。現経営陣が杉森会長からの辞表を受理したのは、寛大すぎる対応だ。
今回の事件を受けて、SNS上でENEOSは「エロオス」、哀れエネゴリくんは「エロゴリくん」と呼ばれるようになってしまった。ブランド価値の毀損による損害は、数百億円(数千億円?)に及ぶのではないだろうか。現経営陣は、杉森会長にきちんと損害賠償を請求するべきだと思う。
もう1つは、そもそも杉森会長がENEOSという巨大組織を牛耳り、経団連の副会長まで務めたという点である。
今回の事件を起こす前から、杉森会長は問題人物として社内外で評判が悪かった。雑誌「選択」などのメディアが、杉森会長を厳しく糾弾していた。私から見て、杉森会長は根っからの悪党ではないのだが、情実人事が激しく、社内の人望が薄かった。ENEOSには杉森会長と同世代にもっと優秀な人材がたくさんいたので、「どうして杉森さんがどんどんのし上がるんだろう?」と不思議だった。
ENEOSの社内だけではない。杉森会長は、財界総本山である経団連の副会長を務めた。世間には杉森会長よりも優れた経営者はいくらでもいるだろうに、どうして「日本で二番目に偉い経営者」になったのだろうか。以前にENEOSの渡文明会長も副会長を務めていたから、という程度の理由かもしれないが、だとすれば首脳人事の決め方に重大な欠陥がある。
この2点に共通するのは、組織の「ガバナンスの機能不全」である。ENEOSも経団連も、リーダーとしての資質が疑わしい人物が組織の中で台頭し、実権を握ることを許し、外部からの批判があってもスルーし、問題を起こしても真剣に対応しない…。
ENEOSも経団連もその後、本件に関して記者会見すらしていない。ENEOSは「杉森会長の個人的なトラブル」、経団連は「ENEOSの問題で、経団連の問題ではない」というスタンスだろう。ENEOSや経団連には、ガバナンスを改革する自浄作用を期待できなさそうだ。
ということで、ENEOSと経団連を批判したのだが、「ガバナンスの機能不全」は、多くの日本企業に共通する問題だと思う。他の企業は、今回の件を対岸の火事とせず、健全なガバナンス体制の構築に取り組んで欲しいものである。
(2022年9月26日、日沖健)