ピーター・スコット=モーガン先生のご逝去に寄せて

私が留学したアーサー・D・リトル経営大学院の恩師ピーター・スコット=モーガン先生(以下、ピーター先生と略す)が先月亡くなられた。

ピーター先生は5年前、全身の筋肉が動かなくなる難病ALSで「余命2年」と宣告されたことを機に、AIと融合し、サイボーグとして生きることを決意した。ただ、「人類史上初のサイボーグ人間」として世界にセンセーションを巻き起こしたこの挑戦だけでなく、彼の64年間の人生は挑戦の連続だった。彼の3つの挑戦を紹介したい。

ピーター先生の第1の挑戦は、同性愛に対する差別・偏見との戦いだった。イギリスの上流階級に生まれ、名門キングス・カレッジ・スクールに通っていたピーター先生は、同性愛者であることが発覚し、学校から差別的な扱いを受けた。しかし、彼は差別・偏見に屈しなかった。21歳の時に生涯のパートナー、フランシスさんと出会い、同性カップルであることを公表して交際を続け、2005年にイギリス初の公認同性カップルになった。

第2の挑戦は、組織の不文律に対する挑戦だった。インペリアル・カレッジ・ロンドンでロボット工学の博士号を取得したピーター先生は、世界的なコンサルティングファーム、アーサー・D・リトル社で働く。そこで彼は、専門のロボット工学ではなく、組織変革に携わった。

世界的な企業や政府機関へのコンサルティングに携わる中でピーター先生が問題意識を持ったのは、組織の不文律だった。組織の中には、言語化されないルール(The unwritten rule of game)があり、それが組織の変革を阻害しているという。ピーター先生は、独自の変革手法を編み出し、成果を上げ、同名の著書を出版して世界的なベストセラーになった。

アーサー・D・リトル社で最年少のジュニアパートナーに就任したピーター先生だが、あっさりその職を捨てて、個人のコンサルタントとして独立開業した。これも、本人にとって大きな挑戦だったに違いない。

私がアーサー・D・リトル経営大学院でピーター先生から組織論を学んだのはこの頃である。組織のこと、同性愛のこと、世界の未来のことを愉快に語る姿が印象的だった。ただ、腰をくねらせて笑いながら講義していたので、学生の反応は賛否両論だった。保守的なキリスト教徒の学生は、ピーター先生を嫌悪していた。第1の挑戦は、生涯続いた。

コンサルタントとして順調に活動していたピーター先生だが、2017年にALSと診断され「余命2年」という宣告を受けた。ここで多くの医師の反対を押し切り、AIと融合し「人類史上初のサイボーグ人間」として生きることを決意した。これがピーター先生の第3の、そして最後の挑戦だった。

サイボーグ化したのはまだ身体の一部分だけで、「私は世界初の完全なサイボーグになる予定で、体も脳もほとんどすべてが元に戻らない状態になる。私の脳の一部、そして私の外見的な人格のすべてが、まもなく電子化され、完全に合成されるということです」と、さらなる挑戦に意欲を燃やしていた。が、残念ながら先月、挑戦に終止符が打たれた。

こうしてピーター先生の挑戦の人生は終わったのだが、逆境にめげずに挑戦し続けるという生き様は、確実に人々に伝わった。彼のことを知る多くの人が「よし挑戦しよう!」という勇気を得たに違いない。

私事だが、20年前に石油会社を辞めたとき、大手コンサルティング会社に転職しようか迷ったが、ピーター先生のことを思い出して、独立開業した。会社を作って営業マンを雇ってしっかり活動しようか迷ったが、彼のようにフリーな立場で自由に活動したいと思い、個人事業主を選んだ。少なくとも一生徒だった私には、彼の生き様が確実に伝わった。

人は死を迎えるには当たり、後世に何を遺そうかと考える。財産・事業・人材など色々と遺すべきものがあるのだが、ピーター先生のように生き様を遺すというのは、一つのあり方ではないかと思う(拙稿「人が最期に遺すべきは財・事業・人だけなのか」参照)。

ご家族や関係者の皆様には謹んでお悔やみ申し上げます。合掌。

 

(2022年7月11日、日沖健)