急激な円安が問題になっている。今年は年初から円安基調だったが、4月28日に日銀が緩和政策の維持を決定したことから加速し、130円台を突破した。20年ぶりの円安となった。利上げを急ぐアメリカFRBとの政策の方向性の違いは明白で、140円・150円台になると予想する専門家が多い。
原油価格の高騰も相まって国内の物価が上昇し、「悪い円安」という言葉をよく耳にするようになった。これに対し、黒田日銀総裁は28日、「(円安が)全体として日本経済にプラスであることは変わりない」と従来通りの見解を示した。
一方、日本商工会議所は同じ28日、円安が中小企業の業績に与える影響に関する調査結果を発表した。足元で進む円安について「デメリットの方が大きい」と回答した企業は53.3%と半数を超えた。「メリットの方が大きい」との回答は1.2%にとどまった。
一般に、円安で製品の輸出価格が下がるので、輸出型企業に有利に働く。逆に、円安で原材料などの輸入価格が上がるので、内需型企業には不利に働く。大企業には輸出型の製造業が多く、中小企業は内需型の小売業・サービス業が多いので、大雑把に言うと、大企業にプラス、中小企業にマイナスだ。
ということで、「全体としてプラス」という黒田日銀総裁の発言はまんざら嘘でもない気がする。しかし、日本経済の将来を考えたときどうなのか。
日銀の金融緩和は、白川総裁が2011年8月に当時の急激な円高への緊急措置として開始し、2013年4月の「黒田バズーカ」で世界でも例を見ない空前の規模に達した。黒田総裁は、安倍政権と二人三脚でアベノミクスのトリクルダウン実現を目指した。
トリクルダウンは、「金融緩和→円安→輸出型大企業が儲かる→内需型中小企業に恩恵が及ぶ→国民全体の賃金アップ」というロジックだった。しかし、結果は「金融緩和→円安→輸出型大企業が儲かる」までは実現したが、その後が続かなかった。GDPは増えず、賃金は上がらず、日本は韓国よりも貧しい普通の国になってしまった。アベノミクス、日銀の金融緩和が日本を停滞させたことは明らかだ。
金融緩和・円安誘導は、結果が出なかったというだけでなく、根本的に発想を間違えているのではないか。円安で輸出企業が儲かるというロジックを見直す必要がある。
円安は、製品を低価格で輸出し、量をたくさんさばいて利益を増やそうという低価格戦略だ。ここで、輸出市場で競合するアジアの新興国企業に価格競争で勝てるのか、という問題がある。輸入する原材料は高騰しているので、コスト競争力を維持するには、他のコスト、つまり人件費や下請け工賃を削ろうという動きが出てくる。つまり、円安=低価格戦略で低賃金・リストラや下請け叩きが横行するのだ。
近年、日本の低賃金が問題になっているが、円安で原材料を海外から高く仕入れて安く売るという低付加価値を目指しているのだから、当然だろう。新興国企業と競合しない高価格・高付加価値の製品でグローバル競争を戦うことや円高で内需を振興することが、日本の進むべき道である。
おそらく黒田総裁は、以上のことを先刻承知のはずだ。ただ、金融緩和を解除して金利が上昇すると、日銀が保有する521兆円(3月末現在)の国債価格が下落し、巨額の含み損発生で債務超過に陥ってしまうので、動くに動けないということだろう。黒田総裁の苦しい胸のうちも理解できるが、だからといって、日銀を守るために金融緩和を維持して日本経済に打撃を与え続けるというのは、本末転倒だ。
なお、今回の「円安放置」で黒田総裁が批判を浴びているが、そもそも為替は日銀は管轄ではなく、財務省の管轄だ。政府・財務省・日銀が以上の論点を整理し、金融政策の変更と日銀救済策を進めることを期待したい。