これまで30冊以上のビジネス書を出版している関係で、同業のコンサルタントなどから「ビジネス書を出版したいので相談に乗って欲しい」とよく依頼される(月1件くらい)。相談に乗った結果、首尾よく出版に至ることもあれば、出版に至らないこともある。そして、成否を分ける重要な要因は、相談のタイミングだ。
12月に知り合いの中小企業診断士Y氏から宅配便で大きな「書類」が届いた。開けてみると、A4で300ページ超の原稿が同封されていて、「出版社を紹介して欲しい」という手紙が添えられていた。
Y氏は80歳近い大ベテランで、原稿には彼の数十年に及ぶ経験・ノウハウが詰まっていた。個人的には興味深く読ませていただいたのだが、出版を考えると困惑した。ビジネス書の場合、まず企画書を作って出版社に相談し、企画が採用されてから執筆を始めるからだ。いきなり「俺の渾身の大作だからちゃんと読め」と原稿を送り付けられても、出版社は迷惑なだけだ。
Y氏には、「本にすると500ページを超え、販売価格が5千円超になり、誰も買ってくれない。今の原稿では、出版は不可能」と率直に伝え、企画をゼロから練り直すようにアドバイスした。Y氏は「わかりました」と言っていたが、さてどうだろうか。人生の終盤に書き終えた渾身の大作を全面的に見直すというのは、かなり難しいように思う。
Y氏は、企画どころか実際の原稿まで書き上げたケースで、相談してくるのが「遅すぎた」。逆に、相談してくるのが「早過ぎた」というケースもある。
N氏は、50代のかなり成功したコンサルタントで、「私もそろそろ本を一冊くらい出した方が良いと思うので、意見を聞かせて欲しい」と私に相談してきた。
N氏と話してみると、どういうテーマの本を出版したいのか、まったく決まっていない。N氏は、1時間近く独立開業してからこれまでの成功体験を延々と語った末、「この私の経験から、どういうテーマが良いだろうか?」と私に聞いてきた。
私が「たとえば、○○分野のコンサルの実例を交えた企画だと、アップデートで受けるかもしれませんね」と答えると、N氏は「それは、ちょっと俺の趣味に合わないね」ということだった。私は、「では、趣味がはっきりしたら、またご連絡ください」と伝えた。それから半年経つが、N氏から連絡はない。
一方、相談に来るタイミングが良く、すんなり出版が決まったケースもある。S氏は、12月中旬に自身の業務経験を踏まえた企画書とともに、私に相談してきた。私が修正点をアドバイスし、S氏は即座に企画を修正した。修正を受けて1月上旬にある出版社に企画を提出したところ、即座に出版が決まった。
もちろん、S氏の企画が魅力的だったことが成功の最大の要因だが、相談のタイミングが良かった。書きたいことを明確にしてから相談に来たので、こちらも的確なアドバイスをすることができた。また、コロナ禍でS氏のテーマが社会のトレンドに合致していたという点でもタイミングが良かった。
Y氏のように、「もうこれしかない!」と選択肢が決まったタイミングで相談しても、そこから路線変更するのは容易でない。N氏のように、何をしたいのかはっきりしないタイミングで相談しても、良いアドバイスは得られない。S氏のように、やりたいことが明確になったタイミングで相談すると、アドバイスが生きてくる。
今回、出版というマニアックな例を取り上げたが、普通のビジネスでも家庭の問題でも、基本は同じだろう。他人に相談するときには、「今がベストのタイミングか?」と自問すると良い。
(2022年1月31日、日沖健)