コンサルタントとして独立開業を希望する中小企業診断士や独立開業して間もないコンサルタントから、よく「仕事の依頼が来たら何でも受注した方が良いですか? きちんと焦点を絞って受注した方が良いですか?」という質問をいただく。なかなか難しい質問だ。
創業セミナーの講師は、よく「成功したいなら、何をやるかではなく、何をやらないかを明確に決めることが大切だ」とアドバイスする。明確に焦点を絞って受注した方が、断然成功しやすいようだ。
どんなビジネスでも創業して最大の課題は、顧客を獲得すること。そのため顧客を獲得するためにコンサルタントの場合、「ITシステムの構築ができます」「人事制度の相談もお受けします」と自分の“専門”領域を幅広くアピールしがちだ。
しかし、「何でもやります、何でもできます」というのは、逆にこれといった専門がない「何でも屋」という評価になる。他の専門家に埋没し、単価の安い仕事や下請け仕事しか受注できない。やらないことを明確にし、自分が顧客にどういう価値を提供できるのかを定義し、ブランド化するべきである。
ということで、創業セミナーが教える鉄則は正しいのだが、問題はどうやって「やらないこと」を決めるかだ。たとえば、会社で知的財産一筋30年間やってきたなら、「知的財産関係の仕事しかやりません」と言える。しかし、日本の会社員の多くは、色んな仕事を転々と経験するだけで、「この道一筋ウン十年」という専門領域を持っているわけではない。
ここで多くの創業セミナー講師は、「自分の経験と強みを振り返って、徹底的に考え抜きましょう」というのだが、このアドバイスはいかがなものだろうか。自分のサービスが顧客にちゃんと評価してもらえるかなど、実際にやってみないと分からないことが多く、頭で考えてもなかなか答えは見つからない。
そこで、創業した初期は、色んな仕事を手広く請け負うというアプローチが考えられる。色々な方面に顔を売って、単価の安い下請け仕事でも良いから来た注文は何でも請け負う。実際に仕事をして、経験値を上げていく。その経験から自分が得意で情熱を持って取り組めそうなことを選び、焦点を絞っていくわけだ。
ただし、私が見てきた過去の独立開業者は、下請け仕事で経験を積むところまではできても、そこから自分の専門領域を確立するにはなかなか至らない。独立開業直後に生きるか死ぬかという厳しい状況を経験し、安くても不得意でも嫌いでもとにかく仕事が入るようになると、ホッとして「この仕事を手放したくない」と考えるのだろう。
私事だが、2002年に独立開業した直後、さすがに生活を安定させる必要があると考え、平日夜と週末にある資格予備校で中小企業診断士講座の講師をした。生活が安定して助かったが、自分より知識が劣る受験生に決まりきったことを教えるのでは発展性がないと考え、2年で辞めさせいただいた。
私の周りのコンサルタントでも、独立開業した当初とはまったく異なる分野で大活躍しているコンサルタントが多い。色々な経験から専門領域を確立するのが、成功のポイントと言えそうだ。
つまり、独立開業し、貧しくも何とか生活したいなら、仕事の依頼が来たら何でも受注した方が良い(リスクを取って独立して貧しい生活というのは、大いに疑問だが)。大きく成功したいなら、最初の1~2年は幅広く受注し、その経験から焦点を絞って行くのが良い。これが最初の質問への回答になる。
なお、いったん専門領域を確立したと思っても、それで終わりではない。技術も顧客ニーズもどんどん変わっていくし、何より経験と学習を通して自分自身が成長していく。そうした変化に合わせて事業領域を広げる、転換するというのも、大切なことだと思う。
(2022年1月10日、日沖健)