最近、ESGという言葉をよく耳にするようになった。ESGはEnvironment(環境)・Society(社会)・Governance(統治)の略で、企業が長期的に成長・発展するための指針である。なお、よく似た概念に国連が2015年に定めたSDGs(Susutainable Development Goals)がある。SDGsは企業だけでなく広く国家・国民を対象としている。
日本の経営者の大半は、今のところESG・SDGsという言葉を聞いて、「また変な横文字が入って来たな」「海外の投資家や新し物好きな経営者が騒いでいるだけ」という程度の認識かもしれない。しかし、今後ESGやSDGsが浸透し、日本の標準になったら、企業経営に大きな影響が及ぶ。
ESGが浸透することで将来日本企業に起こる変化をいくつか紹介しよう。
① 株式持ち合い
三井・三菱・住友といった財閥に代表されるように、日本企業は、買収防衛とグループの結束強化を目的に企業同士が株式を持ち合って企業グループを形成している。銀行などが融資先の株を持つこともよくある。しかし、Governance強化で持ち合いは認められなくなり、財閥は解体に向かうだろう。
② 親子上場
持ち合いとともにGovernance面で批判の的になっているのが、親子上場だ。親会社と子会社が同時に株式市場に上場する親子上場は、子会社の少数株主の権利が侵害されるなど、問題が多い。NTTとドコモのような親子上場は、いずれ解消されるだろう。
ESGは欧米の機関投資家を中心に発達した概念なので、株式保有に関する①②はすでに日本を含めて世界中が大きく動き始めている。ただ、ESGがさらに浸透したら、企業内部の人事管理にも大きな変化が及びそうだ。
③ 定年
日本の企業勤務者は、60歳とか65歳になったら当然のように定年を迎える。しかし、定年はある年齢に達したら否応なしに解雇されるわけで、年齢による労働者の差別と言える。アメリカやイギリスでは、定年制が原則として禁止されていることから、将来日本でも禁止になる可能性が高い。
④ 人事異動・転勤
いま日本では、社員をクビにしない代わりに、会社側に強大な人事権が認められており、辞令一枚で社員は右から左へと異動・転勤になる。しかし、国民は居住地を選ぶ権利や家族と暮らす権利を持っている。人事異動、とくに転居を伴う転勤は、こうした権利を明らかに侵害しており、本人の同意のない転勤は原則禁止になるだろう。とくに単身赴任は、家族を引き裂く非人道的な施策であり、同意の有無に関わらず全面禁止になるだろう。
この他にも、サービス残業は搾取労働としてより厳しく取締られるだろう。都市部での工場の立地は、認められなくなるだろう。
YKKは正社員の定年制を2021年度から廃止した。NTTは先ごろ、転勤と単身赴任を原則として廃止する方向で検討に入った。上記の動きはすでに一部の企業で始まっている。
こうした動きを「先進的な企業のとがった動き」と見て傍観するか、企業のあり方を一変させる動きと見て行動するか、企業経営者は重大な判断を迫られている。
(2021年11月1日、日沖健)