矢野財務次官の警告は正しい

財務省の事務方トップ、矢野康治事務次官が「このままでは国家財政は破綻する」という論文を文藝春秋に寄稿した。財政規律を無視してコロナ対策を進める政府を批判する内容で、批判された政府や給付金支給など拡張的な財政政策を求める国民から、反論・バッシングが噴出している。

日本はバブル崩壊・デフレ不況・震災不況に対応して、この30年間、国債発行で資金調達し、財政出動を繰り返してきた。しかし、効果はほとんどなく、国債だけがどんどん膨らみ、世界ダントツの借金大国となった。そして今、コロナ対策と称してさらに借金を膨らまそうとしている。矢野財務次官は、この財政破綻に突き進む現状に警告を鳴らしたわけだ。

私は、現役の官僚が月刊誌で政権批判するという手法には少し首を傾げるが、論文の内容は100%正しいと思う。以下、矢野財務次官への批判がまったく的外れであることを確認しよう(あくまで内容について)。

「国の借金は国民の財産なので、国債を返済する必要はない」

国債残高をゼロにする必要はないが、1年物国債なら1年後に、10年物国債なら10年後に返済(償還)がやってくる。返済と同時に借り換えしているだけで、返済義務は厳然とある。そして、今でも国債の借り換えでは日銀以外に引き受け手がほとんどいない通り、将来もスムーズに借り換えができるという保証はまったくない。

「日本が財政破綻することはありえない」

MMTModern Monetary Theory)の信者は、①国は通貨を無制限に発行することができるので財政破綻しない、とする。理屈の上ではその通りだが、②通貨量が膨張すると通貨への信認が失われ、ハイパーインフレが起こる。本家のMMTも「ハイパーインフレが起こらない限り」財政支出を増やしても大丈夫としているのに、日本のMMT信者の多くは、都合の良い①だけを取り上げて、②を無視している。

「この20年間インフレどころかデフレが続いているではないか」

ハイパーインフレを「過去起こっていないから」と無視する人は、2011年3月11日の朝まで誰も東北で巨大地震が起こると思っていなかったという事実を想起して欲しい。また、天文学的なインフレ率にならなくても、国債金利が6%に上がれば、国債残高が約1,000兆円なので利息が約60兆円になり、税収(202063兆円)が利払いでほぼ消えてしまう。ハイパーインフレという言葉のあやで「ありえない」と思考停止するのは、危険すぎる。

「コロナという緊急事態だから、財政規律なんて考えず給付金を支給せよ」

昨春の国民1人当たり10万円給付金について、麻生太郎副総理は「預金、貯金は増えた」として給付金が消費を押し上げる効果は薄かったという認識を示している。実際、昨年4~6月に家計が所得を貯蓄に回した割合は23.1%と1994年以降で最高を記録した。懲りずにまた同じ失敗を繰り返そうというのだろうか。

そもそも、仮に1億歩譲って財政破綻(やハイパーインフレ)の心配がまったくないとしても、借金を膨らまして財政出動するのは間違いだ。これは私の個人的見解ではなく、アメリカやEU諸国で何らかの債務上限が設定されている通り、日本以外の世界の常識である。日本は過去30年に渡って財政出動を繰り返してきたが、ほとんど効果がなかった。世界の常識を無視して失敗を繰り返したら、普通は別の方法を考えるべきではないか。

いま政府や国民からは「非国民の矢野を更迭しろ」という声が上がっている。19日告示、31日投票の衆院選に当たり、自民党・公明党だけでなく、立憲民主党など野党も財政出動を主張している。異論を抹殺し、与党・野党・国民が同じ方向に突き進もうというのは、80年前の「一億火の玉」のようで何とも不気味である。

 

(2021年10月18日、日沖健)