説得力の本質

先月、経営者向けに講演をする機会があった。午前と午後の2部構成で、午前の部はカレーハウスCoCo壱番屋の創業者・宗次徳二さんがお話しされ、午後の部を私が担当した。

宗次さんは孤児として育ち、20代で喫茶店を開業し、一代、約半世紀で国内外1,400店の巨大カレー店チェーンを創り上げた立志伝中の経営者である。講演では、自身の体験を踏まえて、経営者のあるべき姿勢などをお話ししていた。

私は過去に宗次さんが著した経営書を読んだことがあり、講演の内容はある程度わかっていたので、午後、同じ受講者に対して「どういう風に説得力のある説明をしようかな」と考えながら宗次さんの話を聞いていた。

たとえば宗次さんは、「私は現役時代も今も、朝は4時前に起きている。成功したかったら早起きをするのは必須だ。3時間も寝れば十分だ」と話していた。なぜ早起きが成功に結び付くのか、というロジックは語っていなかったが、多くの受講者(会社経営者)が「うんうん」と深くうなづきながら聞いていた。

しかし、若輩の私が同じことを言っても(言うはずないが)、受講者に「おいおい、この講師は暑さで頭をやられたか?」と思われるだけだ。なぜ早起きが成功に繋がるのかというロジックを丁寧に説明したとしても、結果は変わらないだろう。同じ言葉でも、宗次さんが言ったら「金言」、私が言ったら「たわ言」になるわけだ。

つまり、説得力というのは、話す内容そのものよりも、話す人の実績や人柄によって左右されるわけだ。宗次さんくらいの名経営者になると、くどくどと理屈を並べなくても「俺はそれで成功したんだ」という一言で、十分に説得力がある。一方、それ以外の普通の人は、懇切丁寧に伝えてもなかなか説得力がない。

これは、ものを教える人にとって非常に困った現実だ。私のように講師として教えることを職業にしている人はもちろん、企業の中間管理職も部下に教えるのが重要な役割である。ほぼ100%の人は宗次さんのような実績がないので、どうやって説得力のある伝え方をすれば良いのか、ということになる。秘策はないのだが、以下の3点を心掛けると良い。

第1に、話す事がらについて事前にしっかり調べ、考え尽くす。聞き手は、話し手が深く考えた上でしゃべっているのか、ネット情報などの受け売りなのか、実に敏感に察知する。とくに経験・実績がないことについては、手抜きをせず考え尽くすことが欠かせない。

第2に、聞き手のニーズや考えを把握しておく。社会人の場合、ゼロの状態で人の話を聞くわけではなく、すでに知識と自分なりの考えを持っており、それが正しいのかどうか確認するために聞いている。聞き手のニーズ・考えに合致した内容のことをしゃべると、聞き手の納得感が格段に高まる。

第3に、話す事がらについて自分の立場・スタンスを表明する。聞き手は「それって一般論でしょ」と思った途端、興味・関心を失う。とくに一般的なことをしゃべる場合、自分の立場・スタンスなのかを明確にし、「このテーマについて私はこういう立場で、こう考えている」と冒頭に示すと良い。

ところで、人が他人の話を聞いて「良かった!」と思うのは2パターンある。一つは、説得力のある話を聞いて「よくわかった」「謎が解けた」という場合、もう一つは話がthought-provokingな場合だ。thought-provokingとは「色々と考えさせられる」という意味である。新しい視点や斬新な切り口の分析を知って、聞き手は謎と興味・関心が深まり、「もっと色々と勉強してみたい」と思うわけだ。

もちろん、どちらが良い悪いではなく、聞き手がどちらを求めているか、自分がどちらを提供できるか、ということだ。ウイリアム・ウォードの名言「The great teacher inspires.(偉大な教師は学ぶ者の心に火を点ける)」の通り、研修講師・中間管理職といった立場では、意外と後者が要求されるのではないだろうか。

 

(2021年8月16日、日沖健)