自動車産業を揺るがすCASEのその先

トヨタの2021年3月期決算は、2兆円の当期純利益を計上した。コロナをものともせず業績が堅調なのは、日本経済の大黒柱として心強い。ただ、少し長期的に見ると、トヨタも盤石かどうかはわからない。

1908年にT型フォードが発売され、自動車の時代が始まった。そして、いま自動車産業は、110年ぶりの大変革期にある。その変革のトレンドを表すキーワードがCASEである。CASEは、メルセデス・ベンツが2016年に発表した考えで、自動車産業のトレンドを表すConnectedAutonomousShared & ServicesElectricの頭文字である。

l  Connected:車に通信機を搭載し、常時外部と情報をやり取りすること

l  Autonomous:自動運転

l  Shared & Services:カーシェアリングやライドシェアリングなど、所有よりも共有し、サービスを利用すること

l  Electric:電動化

この考えをいち早く、最もうまく取り入れたのが、アメリカの電気自動車メーカー、テスラだ。テスラの販売数量は、まだトヨタの約30分の1に過ぎないが、将来への期待から株価は暴騰し、昨年7月以降、株式時価総額でトヨタを上回っている。

戦後ゼロから再スタートを切ったトヨタなど日本の自動車メーカーは、ガソリン自動車で世界一に上り詰めた。しかし、設計・調達・製造などガソリン自動車に最適化し過ぎたことが裏目に出て、CASEの流れに乗り遅れてしまった。いま、CASEに舵を切って、先行するテスラなどを必死に追いかけている。

ところで、やがてCASEが当たり前になったら、その先、自動車産業はどうなるのだろうか。最大の変化はPartsだと思う。

l  Parts:車の製造が簡単になり、完成車メーカーから部品メーカーに主役の座が移る。

いま、ガソリン自動車では1台当たり23万点の部品を使っており、そのうち8割以上がその車種でしか使えない特注部品である。そのため、ガソリン自動車の組み立て作業には高度なモノづくりのノウハウが要求される。ところが、電気自動車になると部品点数が半減し、共通部品の割合が増え、パソコンの組み立てのように作業が簡単になる。自動車組み立て事業への参入障壁が低下し、完成車メーカーの地位は低下する。

一方、現在、部品メーカーは系列の完成車メーカーへの販売が中心だが、部品が共通化すると、世界中の完成車メーカーに向けて販売することができる。売上が増え、大量生産でコストが下がり、収益が拡大する。部品メーカーは巨大化し、業界内で地位を高めていく。

コンピューターの世界では、1980年代後半以降、組立作業が簡素化し、国際分業が広がり、IBM・富士通といった組み立てメーカーからマイクロソフトやインテルといったソフト・部品メーカーに主導権が移った。東京大学・藤本隆宏の表現によるとオープン・モジュラー化である。これと同じことが、遅ればせながら自動車産業にも起こるということだ。

一般にこの変化は、トヨタなど日本の完成車メーカーにとって脅威になると言われる。パソコンのオープン・モジュラー化で富士通やNECが大打撃を受けたのと同じことが完成車メーカーにも起こり、自動車産業、引いては自動車一本足打法の日本経済は壊滅的な状態に陥るのではないか、と懸念されている。

しかし、CASEの先にあるPartsは、日本にとって好機でもある。現在、デンソーを筆頭に日本の自動車部品メーカーは圧倒的な競争力を持っている。CASEPで世界中の完成車メーカーに販路が広がれば、さらに強大な存在になるだろう。また、車の心臓であるエンジンがモーターに置き換わると、モーターで世界首位の日本電産が自動車業界の主役に躍り出るかもしれない。

もちろん、すべての部品メーカーが恩恵を受けるわけではない。常識で考えて、Autonomousでミラーが、Electricでガソリンエンジンやマフラーが使われなくなり、関連部品メーカーは窮地に立たされるだろう。

現在はテスラか、トヨタか、フォルクスワーゲンか、はたまたBYDかという完成車メーカー同士の争いだが、その先には完成車メーカーと部品メーカーの綱引き、さらに異業種の参入という大乱戦が予想される。CASEPのトレンドをどう捉えていくかが、自動車産業、日本経済の将来を左右するだろう。

 

(2021年5月17、日沖健)