4月8日に行われたファーストリテイリングの決算発表の記者会見で、柳井正会長兼社長は中国の新疆綿を巡るウイグル人の強制労働問題(以下、一連のウイグル人弾圧と合わせて「ウイグル問題」と略す)について、記者からの質問に「政治的なことにはノーコメント」と返答した。自社商品に新疆産の綿を使用しているかとの質問にも回答を避けた。
ウイグル問題は、弾圧を続ける中国とそれを糾弾する米欧諸国の間で深刻な政治的な対立に発展している。ただ、政治的は対立はあくまで問題の影響であって、原因・本質は明らかに人権の問題である。柳井氏がウイグル問題を本心で政治の問題と考えているとすれば、経営者以前に一人の人間として見識を疑ってしまう。
もちろん、柳井氏が本心でウイグル問題を政治の問題と考えているわけではないだろう。今回の問題を巡って中国国内では、欧米企業のブランドとともにファーストリテイリングの「ユニクロ」も強制労働に懸念を示すブランドと見なされ、反発する中国人の不買運動の対象となっている。「中国でのビジネスを維持したい。そのために中国政府・中国人を刺激したくない」という一心での「ノーコメント」だと思われる。
この柳井氏の対応は、日本企業に「経営者は政治と距離を置くべきか?」という重大な問題を提起している。今回は多くの日本人が嫌悪する中国での出来事なので、「柳井氏は政治的な態度を明確にするべきだ(=中国を批判するべきだ)」という世論だが、一般的に日本では、「経営者は政治と距離を置くべき」「政治のことを語るな」と言われる。
明治初期から日本では、官営企業や政商にとどまらず政治とずぶずぶという企業が多い。今も地方では、地元企業の経営者が政治家に転身するのが日常茶飯事だ。ただし、現役の経営者が政治活動をしたり、政治的な主張をすると、「立場をわきまえろ」「本業がおろそかになるぞ」と戒める声が噴出する。古くは松下電器産業(現パナソニック)・松下幸之助元社長、近年ではライブドア・堀江貴文元社長が政界進出を試みた時もそうだった。
今回、柳井氏だけでなく、日本の有力企業の経営者はウイグル問題について態度を明らかにしていない。一方、欧米では、ナイキなど多くの企業がウイグル問題に懸念を表明している(そして、中国国内で不買運動の標的になっている)。欧米では政府も中国を批判しているという違いがあるとはいえ、日本企業とは対照的な動きだ。
日本と欧米のどちらの経営者の対応が正しいのか、今後議論を深めて欲しいところだが、ここで一つ忘れられている重要な論点がある。それは、株主・投資家の利益である。日本では、今回のように経営者が政治問題に対して沈黙を守ると、株主・投資家は「政治リスクを避ける賢明な姿勢」と評価するが、本当にそうだろうか。
グローバル化・中国という異質な国家の肥大化・アメリカの地盤沈下といった要因によって、いまかつてないほど国際的な政治リスクが高まり、企業の活動に大きな影響を与えている。株主はリスクを嫌うので、企業が政治リスクをどう認識し、どう対応していくのか「まったく不明」というのが、逆に大きなリスクになるのだ。
どういうことか。たとえば、以下の3社でどれが最もリスクが大きいだろうか。
A社:ウイグル問題で中国を批判し、中国市場からの撤退を決定
B社:ウイグル問題で中国を支持し、中国市場での事業継続・強化を決定
C社:中国市場と今後どう向き合うのかまったく不明
A社は中国市場での売上が減るし、B社は中国以外での売上が減るのだが、経営方針も売上も不確実要因は小さくなる。それに対しC社は、経営方針は不明、売上にどういう影響が出るのかも不明、ということで不確実要因だらけだ。現代ファイナンス理論が教える通りリスク=不確実性と考えるなら、「C社が最もリスクが大きい」ということになり、株主・投資家はC社への投資を敬遠する。
日本企業の経営者は、政治問題に「ノーコメント」とすることで政治リスクを避け、世界の世論を無視してでも株主・投資家の利益を守っているつもりだろう。しかし、逆にリスクを大きくし、株主・投資家に不利益をもたらす可能性が高いのである。
(2021年4月12日、日沖健)