専門家の予測が当てにならない理由

11月3日に投票が行われたアメリカ大統領選挙の混乱が続いている。民主党のバイデン候補が過半数の選挙人を獲得することが確定したが、トランプ大統領が郵便投票で不正があったとして法廷闘争で徹底抗戦する姿勢を見せており、まだ事態は予断を許さない。

世界一の経済力・軍事力を持つ超大国アメリカが新型コロナウィルスで揺れる現在の状況で長期の政治空白を作るのは、好ましいことではない。早期に事態を収拾し、アメリカ国民の間で深まった分断を解消し、政策課題に向き合って欲しいものである。

ところで今回、個人的に気になったのが、日本のメディアに登場する専門家、とくに評論家の分析・予測のいい加減さである。

政治評論家は、4年前トランプ当選を予測できなかった。その反省から今回は、さすがに「わからない」という慎重姿勢が目立ったが、その理由として多くの評論家が共通して指摘していたのが、「隠れトランプがたくさんいるから」という分析である。ところが、今回、得票率は、直前の世論調査と同じ程度の差になり、投票結果からは隠れトランプの存在を確認できなかった。

4年前に注目を集めた隠れトランプだが、その後、相当数が「表トランプ」に転じたのだろう。私の限られた交友の範囲だけでも、4年前は隠れトランプだったアメリカ人3人のうち、今回1人が民主党支持に転じ、2人はトランプ支持を明言していた。「表トランプ」になった1人(50代の白人男性)は、次のように語る。

「前回は、トランプ支持を口にして周囲から白い目で見られるのが嫌だったが、大統領として4年も実績を積んだんだから、今さらトランプ支持を隠す理由がない。そもそもアメリカ人は、空気を読んだり、自分の政党支持を隠すというのが好きじゃないんだ」

いまだに隠れトランプと騒いでいる日本の政治評論家は、アメリカ国民の変化や心理状態をしっかり確認していたのだろうか。「4年前たくさんいたから、今もかなりいるだろう」「日本人と同じでアメリカ人も政党支持を隠したがるだろう」と憶測(思い込み)を語ったに過ぎない。一言で言うと調査不足である。

政治評論家に輪をかけて悲惨な大外しをしたのが、株式評論家である。

前回、株式評論家は、「もしもトランプが当選したら相場は大暴落」と予測していたが、実際には暴騰した。今回、大半の株式評論家が「接戦になり、次期大統領がなかなか決まらないのがワーストシナリオ。そうなったら大暴落」と予想していた。そして、稀に見る大接戦になり、ワーストシナリオが現実のものとなったが、世界の株式市場はイベントの通過とバイデン大統領による財政政策への期待で、投票日を境に急上昇した。日経平均に至っては、一気にバブル崩壊後の高値を更新した。

どうして株式評論家は、またしても大外しをしたのだろうか。投資家が最も恐れるのは、想定していなかったリスクが実現し、財産を失ってしまうことだ。株式評論家が恐れるのは、投資家から「お前の予想が外れて大損したぞ」と抗議を受けることだ。そこで株式評論家は、自分自身が確信した意見よりも、予防線を張って投資家にとって最悪のケースを提示するわけだ(M氏のように強気一辺倒の「当たると期待されていない評論家」もいるが)。

以上からわかるのは、評論家は自分の専門領域ですらそんなにきちんと調査しているわけではない、自分の考えよりも予防線を張るために無難な意見表明をする、ということである。国民は、当てにならない評論家の分析・予測を鵜吞みにせず、あくまで自分の頭で考え、判断しなければならない。

かく言う私も、企業経営の専門家として、東洋経済オンラインや週刊新潮などメディアで分析を披露している。少なくとも「お前の分析は調査不足で当てにならない」と言われないように心掛けたい。

 

(2020年11月9日、日沖健)