企業は小さすぎても大きすぎてもダメ

このところ、元・ゴールドマンサックス証券アナリスト、デービッド・アトキンソンの中小企業批判が注目を集めている。アトキンソンによると、長期に渡って停滞を続ける日本経済の最大の問題は生産性(一人当たり売上高、一人当たり利益など)が低いことで、その原因は中小・零細企業が多すぎることだという。

菅首相は官房長官時代からアトキンソンと親交があり、アトキンソンは政府が新設する成長戦略会議の委員に就任する。いまは安倍政権のコロナ対策の延長で「潰れそうな企業はすべて救え」となっているが、コロナが落ち着いたら、菅政権はアトキンソンの主張を取り入れて中小企業の延命措置を取りやめる方向に舵を切りそうだ。

今後の政策はともかくとして、中小・零細企業が多いことが生産性向上を阻害しているというアトキンソンの分析は、かなり的を射ていると思う。企業の規模が拡大=生産量・販売量が増大すると、単位当たりの固定費が薄まる規模の経済性や習熟による経験曲線効果でコストが下がる。生産性という観点では、企業規模が大きいことはそれ自体が善、小さいことはそれ自体が悪なのだ。

生産性だけではない。社長と営業担当・経理担当がそれぞれ1人という3人の組織では、営業担当・経理担当は代わりがいないので、満足に休暇を取ることができない。誰か1人が退職したら、組織はたちまち存亡の危機に直面する。働き方改革や企業の継続性という観点からも、小規模な企業は問題が多い。

今後、企業規模の拡大を促す政策が進められるだろうが、ここで個人的に気になるのは、企業規模は大きければ大きいほど良いのか、という点だ。

私はこの18年間、中小企業診断士として中小企業と接点を持ちつつ、主に大企業に対してコンサルティングや企業研修を実施してきた。その経験による肌感覚から「大きすぎる企業もろくなことがない」と思う。大きすぎる企業の問題点は、一言でまとめると規模の不経済ということなのだが、具体的には次の3つの問題がある。

第1は、管理コストの増大である。人間の情報処理能力には限界があり、大企業では情報量が人間の処理能力を超える。そのため、社内のコミュニケーションが悪化し、調整・合意・情報共有・評価といった管理のコストが増大してしまう。

第2は、戦略転換ができないことである。小さな船は簡単に方向を変えられるが、大きな船は自分の重みでなかなか方向を変えられない。大企業は、柔軟に戦略を転換することができず、環境変化に取り残されてしまう。

第3は、イノベーションの停滞である。経営資源が豊富で色々な情報が行きかう大企業のの方が、本来イノベーションを起こしやすいはずだが、現実は逆だ。大きな企業では情報の交流がなくなり、イノベーションが停滞してしまう。

結局、アトキンソンが主張する通り、あまりにも小さい企業は論外だが、大きすぎる企業もまた大いに問題、ということであろう。画期的なイノベーションで急成長したGAFAGoogle, Amazon, Facebook, Apple)が、巨大企業になった今後もイノベーティブであり続けることができるのか、大いに注目だ。

まだ日本は、企業規模が小さすぎる状況なので、大きすぎることの問題を論じるのは早計かもしれない。ただ、中小企業政策を検討する政府や大企業・中小企業すべての経営者は、適正な企業規模のあり方について、今から考察を深めるべきだと思う。

 

(2020年10月19日、日沖健)