家系ラーメンの有名店「六角家」を運営する有限会社六角家が9月に破産した。
六角家は、かつて新横浜ラーメン博物館に出店し、全国各地に支店を展開し、六角家の店名を冠したカップ麺がコンビニエンスストアで全国販売されるなど、吉村家・本牧家とともに「家系御三家」として家系ラーメン・ブームをけん引した有名店だ。
こういう有名店が閉店すると、「惜しまれながら閉店」「たいへん残念なことに」と言われるのが普通。ところが、9月下旬に破産が報道されてから、ネット掲示板では「あんな店は潰れて当然」「まったく気分の悪いクソな店だった」といった辛辣なコメントが溢れている。かつての名店に一体何が起こったのだろうか。
家系ラーメンの元祖は吉村家。吉村家の2号店(現在の本牧家)で修業した神藤氏が1988年に横浜市神川区に六角家を開店し、一躍全国区の有名店になった。ところが、近年は客数が激減し、代表者の体調不良も重なって、2017年10月末に本店を閉めた(六角家戸塚店など経営が違う姉妹店は営業を続けている)。
ラーメン評論家やファンが指摘するのは、競争激化。家系ラーメンが全国に広がり、店舗が増え、競争が過熱した。ニューウェーブの家系ラーメンが台頭し、六角家にファンは飽きてきたようだ。とりわけ六角家の近くに2013年に吉村家直系の末廣家、2014年にとらきち家が開店してからは、六角家の客数は目に見えて減った。
ただし、ラーメンブームの昨今、ちょっとした都市部なら人気店が近隣に複数あるというのは、ごく当たり前の話。逆にある地域に複数の有名店があると、「美味しいラーメン店がある注目エリア」とメディアで取り上げられ、集客にプラスになる。末廣家・とらきち家に客を取られたというよりも、六角家自身に何か悪い変化があったと考えるべきだろう。
「味が落ちた」「豚骨の悪臭が漂うようになった」という指摘があるようだが、個人的に注目するのは、ある女性店員の存在である。
六角家のオペレーションは独特だ。まず客は店入口の自販機で食券を買い、女性店員に食券を渡し、その時に麵の固さやトッピングなどアレンジの希望を伝える。調理担当が麵を茹で上げる手前で女性店員から調理担当にアレンジの希望を伝え、それぞれの客のラーメンを完成させるというやり方だった。
ここでカギになるのが、客のアレンジの希望を正確にこなすこと。麺の大きさ、麺の固さ、脂の多さ、味の濃さ、トッピングなど、客ごとに色々とアレンジの希望があり、しかも1ロットは10~13人分。どういうわけか、女性店員は10~13人分のアレンジの希望をメモを取らずに暗記し、大声で一気に調理担当に伝える。
そして、長年勤めていた女性店員は、この膨大な記憶を完璧にこなし、「1番奥から、小・味玉・チャーシュー、麺固め、脂少な目、味濃い目、ほうれん草は抜き。奥2番目…」と正確に伝える。お客さんからは、その超人的な記憶力に「おばちゃんスゲー!」「人間技じゃねぇ!」と感嘆の声が漏れることしばしばだった。
ところが、時期は定かではないが、この超人女性店員が辞めてしまった。その頃から、目に見えてオペレーションが混乱し、元々悪かったサービスがさらに悪くなり、店の雰囲気も荒んでいった。
2015年に私が最後に六角家に行ったとき、女性店員に代わって若い男性店員が注文取りをしていた。当然ながら男性店員に超人的な記憶力はなく、たった4人のロットなのに記憶間違いをしていた。しかも客に謝りもせず、調理担当「おまえ、なんでちゃんと覚えないんだよ!」、注文担当「こんなの覚えられるわけないじゃないですか」と喧嘩を始める始末。
注文を間違える、客に謝らない、客そっちのけで店員同士が喧嘩する、という悲しい光景を見て、「この店は長くないな」と思った。
経営コンサルタント目線で言うと、従業員の特殊な能力に依存したオペレーションは問題だった。せめて、女性従業員が辞めた時点で、無理のないオペレーションに変更するべきだった。経営者が従業員の力を活かすことは大切だが、頼り切ってはいけないというのが、六角家破産の最大の教訓だろう。
(2020年9月28日、日沖健)