ミクロ経済学の重要な研究テーマとして、フリーライダー(freerider、ただ乗り)の問題がある。フリーライダーとは、コストを負担せず他人が生んだ成果の分け前にあずかる人のことを言う。典型例は、大して働かず、決まった給料をもらう会社員、いわゆる「給料泥棒」や「働かないオジサン」である。
組織の中でフリーライダーが増殖を防ぐには、個人の業績をきちんと評価し、業績が芳しくない従業員に是正を働きかけることだ。そして、是正されない場合、最終的に組織から排除する。クビ(解雇)である。
ところが、日本では労働者の解雇が厳しく制限されている。企業が業績不振に陥っても、整理解雇の4要件を満たさないと解雇できない。ましてや普通の経営状態では、かなり重大な犯罪を犯した従業員でない限り解雇できない。比較的容易に解雇できるアメリカ・中国など諸外国と比べて、解雇という手段を禁じられた日本はフリーライダーが生まれやすい国、フリーライダー天国と言える。
かつて日本企業は経営が順調だったので、職場に1人くらいフリーライダーがいても、「しょうがないなぁ」「彼も職場の潤滑油なんだよ」と言って、大目に見ることができた。ところが、1990年代後半以降、経営が厳しくなり、フリーライダーを見過ごすことができなくなった。近年、富士通など大手企業が大量の希望退職を募ったのは、フリーライダーを許容できなくなったことを示している。
そして、新型コロナウィルスの感染拡大で、いよいよ「フリーライダー冬の時代」に突入した。新型コロナウィルスによる業績悪化で、企業はフリーライダーを許容する体力を奪われた。またテレワーク・時差出勤で上司と部下が顔を合わせる機会が減ると、従業員を仕事の成果で評価する傾向が強まる。以前は会社に行って机に座っていれば「頑張って働いている」と評価されたが、成果主義になるとフリーライダーの存在が炙り出される。
厚生労働省は昨年、解雇を巡る紛争を金銭の支払いで解決する制度の検討を開始した。しかし、労働組合や弁護士などの反対が強く、導入のめどは立っていない。この状況で企業は、フリーライダーにどう対応するべきだろうか。労働者はどう対応するべきだろうか。
企業は、オンライン環境下で労働者を監視しようとするのではなく、成果型の人事評価制度を導入し、信賞必罰を徹底するべきだ。ただ、フリーライダーに厳しく対応するだけだと、普通に働いている大半の従業員まで委縮してしまう。フリーライダーを教育し、適切な役割を与えて動機付けるという配慮も欠かせない。
労働者は、まず自分の能力・スキルを棚卸し、会社の評価も確認し、自分がフリーライダーに該当するのかどうか確認する。該当するなら成果を出せるように、仕事のスキルを高める。フリーライダーの炙り出しに取り組んでいない「遅れた企業」に転職するという手もあるが、包囲網は今後もどんどん狭まるので、得策ではない。
という話を経営者やビジネスパーソンにすると、「成果主義に変えるって、長く続いた今の人事制度を簡単には変えられませんよ」「そんなに簡単に能力が上がるわけないでしょ」という否定的な反応を受ける。まったくその通りなのだが、新型コロナウィルスで「フリーライダー冬の時代」を迎えて、日本の企業と労働者には簡単ではない対応が迫られているのである。
(2020年8月31日、日沖健)