このたび、『現状認識の方法 ―感染症時代を生き抜く科学的思考―』(千倉書房)という書籍を刊行した。私たちの健康・仕事・暮らしを脅かしている新型コロナウィルスの事例を題材にして、社会現象を科学的に認識する考え方・技法をわかりやすく解説している。是非お読みいただきたい。
仕事でも暮らしでも、何か問題・トラブルが発生したら、慌てて対策を打つのではなく、まず現状認識をする。問題がどう発生したのか、どういう被害・影響が出ているのか、何が原因なのか、といったことを調べて、現状認識に基づいて対策を検討し、実行する。
ところが、新型コロナウィルスでは、「とにかく手を打たないと」ということで、現状認識が不十分なまま対策を打ち出した。
国・自治体は、国内で最初に感染者が確認された1月以降、矢継ぎ早に対策を打ち出した。しかし、アベノマスク、過疎県での経済活動自粛、東京アラート、GoToトラベルなど、少し冷静に現状認識すれば実施されなかったであろう無意味な対策が多かった。
われわれ国民も、国・自治体の迷走を嘆いている場合ではない。トイレットペーパーの買い占めや炎天下でのマスク着用など、深刻な逆効果が及ぶ不可解な行動を取ってしまった。
おそらく国・自治体は、「何も手を打たずに静観するのか!」という国民やマスコミから批判を恐れて、あるいは人気取りのためのパフォーマンスとして、無意味な対策を打ったのだろう。国民は、未知のウイルスへの恐怖心・群衆心理・同調圧力から、謎の行動を取ってしまったのだろう。いずれにせよ、現状認識はまったくおろそかにされた。
また、かろうじて現状認識をした場合も、比較分析と因果関係の分析といった基本がおろそかにされていたように見受ける。
第1波では、新規感染者数を移動平均で趨勢分析すれば、3月下旬に感染拡大がピークを迎えたことが早期にわかったはずだ(実際に一部の経済学者はそういう分析をしていた)。菅官房長官が因果関係の成立条件を理解していれば、「アベノマスクのおかげでマスクの市況が下がった」というの妄言はしなかったはずだ。
さらに、行政や医療の現場で、さまざまな分野の専門家の協力が不十分だったことも、今後の大きな反省材料である。
当初のクルーズ船や水際対策を厚生労働省が主導したのは当然として、3月以降、学校や企業の活動を制限し、給付金などを支給するとなると、文部科学省・経済産業省・財務省など幅広い省庁がオールジャパンで取り組む必要があった。しかし、5月に感染第1波が終わるまで、もっぱら厚生労働省と専門家会議が対策を独断で主導し、他省庁は右往左往するばかりだった。
幸い、第2波は沈静化しつつあるものの、秋冬以降の第3波など新型コロナウィルスとの戦いはまだまだ続く。本書をお読みいただいて、客観的な現状認識と科学的な思考を取り戻して欲しいものである。
(2020年8月24日、日沖健)