新型コロナウイルスの報道でよく使われる用語が、リスク(risk)。今回はリスクについて考えてみよう。早速だがクイズ。
その1、「リスク」を日本語に訳すと?
その2、コロナで大きな関心を集めた次の2つの発言で使われる「リスク」にどういう違いがあるか。
西浦博・北海道大学教授「接触8割減で、感染のリスクを抑え込むべきだ」
吉村洋文・大阪府知事「(中止が決まった夏の甲子園について)僕自身はやってほしかった。高野連はリスクをとるべきではないか。考え直してほしい」
その1の答えは、「不確実性(あるいは変動性)」。おそらく多くの人が考えたであろう「危険」は、学問的にはやや不正確だ。
その2の答えは、西浦教授が言うリスクはファイナンス理論で言うところの純粋リスク、吉村知事が言うリスクは投機的リスクである。
純粋リスク=損失だけをもたらす不確実性
投機的リスク=損失も利益ももたらす可能性のがある不確実性
今回の新型コロナウイルスは、直接的には損失だけをもたらすので、純粋リスクである。地震や火災も純粋リスクで、世間では「危険」と訳す。一方、高校野球は開催すれば球児にも国民・関係者にも利益がある一方、感染爆発という損失もありうる。利益も損失もありうるので、投機的リスクだ。資産運用やビジネスも、投機的リスクである。
純粋リスクによる損失を回避するために、リスクそのものを小さくしたり、保険などでヘッジしたりする。ただ、そうした対応にはコストがかかるので、リスクの影響を完全に排除しようとするのは現実的ではない。損失と対応コストを冷静に比較することが大切だ。
新型コロナウイルスについては、発生から半年経つのに死者が1,000人にも満たない風邪の1種のために国内の経済活動を停止したのは、いかがなものだろうか。いくら命に値段は付けられないとはいえ、かなりバランスを欠いていると個人的には思う。
投機的リスクは、利益と損失の期待値を比較し、大きい方を選択する。
利益の期待値=利益予想額×利益の発生確率
損失の期待値=損失予想額×損失の発生確率
どちらの期待値も計算するのは難しいが、夏の甲子園を開催して高校球児から感染爆発が起こる可能性は限りなくゼロに近いはずだ。「人命は地球より重い」というものの、吉村知事の言う通り、リスクを取って開催するべきだった。
ところで、個人的に心配しているのは、日本国民のリスクに対する考え方が変わってしまうことだ。今回のような危機に直面すると、人はどうしても「できるだけリスクを避けよう」という考えになりがちだ。
たしかに純粋リスクは避けた方が良いのだが、それと投機的リスクとは分けて考える必要がある。ビジネスは投機的リスクそのものであり、リスクを避けてばかりではいけない。新市場の開拓、新製品の開発、新事業の創造といったリスクが大きいことに取り組まないと長期的に発展することはできない。しかも、人材・設備などのコストが下がっている現在は、新しい挑戦をする絶好の時期だ(東洋経済オンラインの拙稿「不況でも伸びる企業・伸びない企業の決定的差」参照)。
リスクという言葉を一括りにして、いま必要なリスクテイクを躊躇することがないようにしたいものである。
(2020年6月29日、日沖健)