MMTを信じて借金を増やし続けて良いのか

 

5月下旬、アルゼンチン政府がアメリカの機関投資家などと行ってきた計約650億ドル(約7兆円)に上る債務の再編交渉がまとまらず、事実上のデフォルト(債務不履行)状態になった。今回はいわゆるテクニカルデフォルト、支払い能力がある状態でのデフォルトで、市場に大きな混乱は生じていない。ただ、新型コロナウイルスの影響で世界経済が冷え込んでいる時期だけに、今後の動向が注目される。

 

債務で注目と言えば、やはり日本の国債。日本政府の債務残高は、対GDP237%(2018年)に達している。アルゼンチン86%(世界31位)や3月にデフォルトしたレバノン151%(6位)、さらに世界を震撼させたギリシャ184%(3位)よりも高く、世界最悪の財政状態だ。今後、新型コロナ対策で数十兆円規模の国債発行が予定されており、市場で消化できるのか懸念されている。

 

という話をすると、「いや、日本は大丈夫」「いたずらに不安を煽るな」と猛烈な反発を受ける。その理由として、一昔前には「消費税率が低く増税の余地が大きい」ことや「借金も多いが資産も多い」ことが指摘された。近年これらの理由が揺らいでくると、代わりにMMTが持ち出されるようになっている。

 

MMTModern Monetary Theory現代貨幣理論)は、「政府が自国通貨立てで借金して財政赤字を増やしても問題ない」という考え方だ。数年前までは“眉唾物の異端理論”だったが、先進国では低成長と財政支出増大で財政赤字=政府の借金が増えており、借金を正当化するMMTは支持を集めている。日本でも、昨年国会で取り上げられるなど、MMTの信奉者が増えている。

 

しかし、MMTを信じて借金を増やし続けるのは極めて危険だ。2つ大きな問題がある。

 

一つは、ハイパーインフレだ。借金はいずれ返済しなければならないが、MMTでは国が自国通貨を発行して借金を返済することを想定している。政府はいくらでもお札を刷ることができるので、たしかにデフォルトにならないが、通貨量があまりにも増えると通貨への信認が低下し、最終的にはハイパーインフレが起こる。

 

ハイパーインフレの懸念に対しては、決まって「日本では2013年から金融緩和を続けているが、インフレになっていないではないか」という反論が出る。しかし、今まで起こらなかったから将来も起こらないと言い切れるだろうか。MMT信奉者には、2011年3月11日の朝まで東北に大地震が来るとはほぼ誰も考えていなかったという事実を嚙み締めてもらいたいものだ。

 

仮にハイパーインフレが起こらないとしても、もう一つ問題がある。それは財政規律の崩壊だ。パチンコ好きのサラリーマンが金融業者から「利息なし、返済なしで、いくらでも貸しますよ」と言われたら、おそらく彼は仕事や家族サービスなどそっちのけで、パチンコ屋通いにのめり込むだろう。同じように国も、いくら借金してもOKとなると、規律が緩んで非効率な財政支出を野放図に拡大するようになる。

 

非効率な財政支出とは、たとえば高齢者への不相応な社会保障、本来市場から退出するべきゾンビ企業の救済、誰も使わない田舎の道路の建設などだ。非効率な財政支出が増えると、付随して人的資源なども効率的な分野から非効率な分野に投入されるので、成長分野が縮小し、国家経済が衰退してしまう。

 

コロナショックに対応して国の財政支出が増えるので、財政赤字が一時的に拡大するのは致し方ない。しかし、あくまで危機対応の緊急措置であり、MMTを信じて野放図に借金を増やして良いわけではないことを認識する必要がある。

(2020年6月8日、日沖健)