先日、企業勤務をしている40代の中小企業診断士(Aさんとしよう)から人生相談を受けた。
「この夏にコンサルタントとして独立開業することを目指して準備を進めてきました。しかし、今回の新型コロナウイルスで、もう1~2年待った方が良いのか、そもそもプロコン(独立コンサルタント)の夢を諦めた方が良いのか、迷っています」
プロコンとして食べて行くのは、容易なことではない。いつもの通り「迷っているなら、止めた方が良いですよ」と答えたのだが(拙著『独立する 中小企業診断士 開業のコツ60』参照)、コロナ禍でコンサルタントの世界も状況が大きく変っているので、少し丁寧に話し合った。以下は私がAさんにお伝えしたことである。
Aさんが懸念するように、世間では会社を辞めてビジネスを始めるには最悪の時期だと言われている。しかし、そうとは限らない。需要と供給の両面から、コンサルティング市場の環境変化を確認しよう。
まず需要面では、今回の危機で公的分野の仕事が増えている。持続化給付金など補助金や緊急融資には審査業務がつきものだが、役所・公的機関の手が回らないので、全国の中小企業診断士が審査業務などを請負っている。この傾向は、コロナ禍が収まっても大きくは変わらないだろう。公的分野を中心に活動するなら、当面は“コロナバブル”の恩恵を享受できそうだ(先週のコラム「新型コロナ対策、中小企業診断士の役割とは」参照)。
それよりも大きなチャンスは、少し長い目で見て民間企業でコンサルタントの起用が増えることだ。今回多くの企業経営者は、休業しても給料を払い続けねばならず、クビにできない正社員の重荷を思い知らされた。今後、正社員の採用を極力抑え、業務を外注しようとするに違いない。現在、企業は単純・周辺的な業務を外部人材に委託しているが、今後は専門的な業務や経営企画など中核的な業務でコンサルタントを活用するようになるだろう。
供給面でも、追い風が吹いている。今回、多くの企業がパート・派遣など非正規雇用を狙い撃ちしてリストラを始めたことから、サラリーマン最強伝説が復活している。そのため、まさにAさんのように優秀な企業内診断士が独立開業を躊躇するようになっている。これはライバルのプロコンが減ることを意味し、独立開業後の競争を勝ち抜く上では朗報だ。
以上、需要と供給の両面から冷静に考えると、コロナ禍の今は独立開業を躊躇するどころか、ベストのタイミングだと言えよう。
よく「本当に実力があれば(または死ぬ気で頑張れば)どんなに悪い環境でも成功できる」と言い切る人がいるが、そうだろうか。全体の1割はどんなに環境が悪くても成功し、1割はどんなに環境が良くても失敗する。しかし、残りの8割はその時の環境次第で成功したり、失敗したりする、というところだろう。独立開業に限らずビジネスのあらゆることで、タイミングは極めて大切だ。
もちろん、平常時と比べて成功確率が少し高まったというだけで、プロコンとして成功するのが難しいという事実は、大きくは変わらない。とすればここで考えたいのは、そもそも困難なことに挑戦する意味・意義だ。
私事だが、数年来の知人で栃木県の酒蔵の社長をしているKさんが先日51歳の若さで急逝した。高校ラグビーの強豪校で活躍した屈強な男で、2月末に酒蔵を訪問したときには元気だったので、「人生何が起こるのかわからない」と思い知らされた。この件があって、「後悔しないように、今できることは今やろう」と誓った。
独立開業して大失敗すれば、当然「やらなきゃ良かった」と後悔する。独立開業を断念しても後々「あの時決断していれば…」と後悔する。どのみちかなりの確率で後悔するなら、大失敗しても最低限生きていける(蓄えがある、実家が金持ち、再就職できそうなど)ことを条件に、とりあえず挑戦してみるのもありかなと思う。
(2020年5月11日、日沖健)