今週4月1日から、パートタイム・有期雇用労働法と労働者派遣法の改正が施行される(中小企業には2021年から適用)。この改正は、働き方改革の一環で同一労働同一賃金を徹底することを目指している。非正規労働者が雇用者全体の38.3%に達しており(2019年総務省調査、ちなみに1989年は19.1%)、同一労働同一賃金によって正社員との非合理な賃金格差が解消されると期待されている。
同一労働同一賃金とは、同じ職場で同じ仕事をしたら同じ賃金を支払うという一物一価の考え方だ。労働基準法でも性別などによる賃金の差別は禁止されているが、実際には、同じコンビニエンスストアで1時間レジ打ちをしても、パートなら1,000円、正社員なら実質1,500円などと雇用形態・国籍などによって待遇が違っている。これを誰がやっても1,200円なら1,200円に統一しようということである。
法改正に向けて、企業は①非合理な待遇差を解消するための規定を明確化、②労働者の待遇に関する説明義務を強化、③労働者との紛争を解決する手続きの整備、といった対応を進めている。ただ、私が取材した範囲では「大きな変化はなさそう」という印象だ。
4月から改正法が適用される大企業は、概ね対応済みだ。りそな銀行は、正社員と非正規社員を公平に処遇するために、共通の職務等級制度を導入した。クレディセゾンは、非正規雇用をなくし、雇用形態を正社員に一本化した。ただ、こうした先進的な事例はまれで、大半の大企業は、非正規社員の雇用形態・賃金体系・賃金水準などを変えず、正社員がやる仕事と非正規社員がやる仕事の範囲を明確に分けただけだ。
日本で非正規労働者が多いのは小売業・飲食業で、これら業種には中小企業が多いことから、来年4月に向けて本格的な対応が進められる。ただ、新型コロナウイルスの影響で会社自体が危機的な状況にあり、非正規社員にとって厳しい対応が予想される。クビが繋がって給料が出れば御の字で、待遇改善など望むべくもない。むしろ、「同一労働同一賃金を実現するため」という理由で、正社員の賃下げが行われるかもしれない。
つまり、この数年、産業界で様々な議論が行われてきた同一労働同一賃金だが、非正規労働者の待遇改善など実質的な効果は得られなさそうだ。もちろん、担当する職務が明確になるのは基本的には良いことなので、まったく無意味だとは言わないが…。
アメリカでは、多数を占める下級管理職や一般従業員は職務給である(上級管理職は成果主義)。職務の大きさ・難易度で賃金を決める職務給は同一労働同一賃金で、「簿記の仕訳入力作業は1時間20ドル」などと会社の垣根を超え業界単位で職務の相場が形成されている。一方日本では、会社の内部での待遇の平等が重視されている。経理部のAさんと営業部のBさんが同じ入社5年目なら、同じ賃金水準にしようというわけだ。小熊英二はアメリカを「職務の平等」、日本を「社員の平等」と呼んでいる(小熊『日本社会のしくみ』)。
日本の「社員の平等」には、社員同士の連帯感が生まれる、会社への帰属意識が高まる、といったメリットがある。一方、社員の専門性が高まらない、労働市場を通した人的資源の最適配分が行われにくい、などのデメリットがある。アメリカの「職務の平等」にも日本の「社員の平等」にもそれぞれメリット・デメリットがあり、「職務給で同一労働同一賃金を実現するべき」という簡単な結論にはならない。
ただ、年功序列の職能資格給だけでなく、新卒一括採用、内部昇進主体、企業内組合、解雇規制など戦後長く続いた日本の雇用関連制度・慣行が行き詰まっていることは明らかだ。今回の同一労働同一賃金をきっかけに、賃金だけでなく広く日本の雇用関連制度・慣行を見直す動きが加速することを期待していたが、どうやら肩透かしに終わりそうである。
新型コロナウイルスの影響で騒然とする日本。この危機を乗り越えた先、日本の雇用制度を今後も維持することは可能だろうか。新しい時代の雇用制度のあり方はどのようなものだろうか。改めて考え直したいものである。
(2020年3月30日、日沖健)