新型コロナウイルスの感染拡大による自粛ムードで、気分が冴えない昨今。日本人の神経を逆なでしているのが、震源地・中国の「勝利宣言」である。
中国では、昨年11月に新型コロナウィルスが報告され、1月下旬から湖北省武漢で感染が拡大したが、都市封鎖など徹底した封じ込めが功を奏し、感染拡大はストップした。これを受けて、習近平国家主席は先週3月10日、発症後、初めて武漢を視察に訪れ、事実上の「勝利宣言」をした。
さらに中国政府は12日、新たな震源地となったイタリアに武漢で対応に当たった専門家チームを派遣し、支援を開始した。これを受け中国のネットでは、「世界は中国を見習え」「中国の支援に感謝するべきだ」といった投稿が氾濫している。
他人に迷惑を掛けないことを美徳とする日本人の感覚からすると、世界に新型コロナウィルスをまき散らし世界を大混乱に陥れているのに、謝罪するどころか勝ち誇るとは、「いったいどういう神経だ」「いい加減にしろ」と不快に思う。
しかし、中国人は、まったく違うことを考えているのではないだろうか。中国にとって、今回の新型コロナウィルスは、地震や台風と同じように、たまたま中国で発生した天災である。世界の人は中国を“加害者”だと考えるが、中国人からしたら、自分たちは天災に見舞われた“被害者”なのだ。悲運の被害者がようやく困難を乗り越えたのだから、安堵し、勝ち誇りたくなる。
先週、北京に住む中国人の知人にこの認識のずれについて確認した。彼はアメリカ留学経験があり、普段は習近平政権に批判的なのだが、本件については、福島原発事故を引き合いに出して、日本の世論を一蹴した。
「中国の前に、福島原発事故はどうだったか。あれだけ放射能をまき散らしたのに、日本は事故の被害者というスタンスで、世界に対し謝罪していない。原発という人工物が被害を起こした福島原発事故と違って、今回の新型コロナウイルスは自然現象。加害者として謝罪しろというのは、あまりも短絡的な感情論だ。」
「日本では、中国は損害賠償しろという意見があるようだが、理解に苦しむ。今後札幌とかに支援チームを派遣したら、逆に費用を請求したいくらいだ。」
もちろん、11月に新型コロナウィルスが報告されてから4カ月も経って世界中に感染拡大を許したのは、明らかに中国の初期対応に問題があった。世界中がそのせいで苦しんでいることに目を向けず大喜びしている中国人には、やはり違和感・不快感を覚える。ただ、そういう中国人特有のお行儀の悪さはさておき、中国人が被害者であるという論理は、認めないわけにはいかない。
日本が1月下旬以降、武漢に医療物資などを支援したのは、「困っている中国を助けたい」という思いからだろう。その頃、日本人にとって、中国は悲運に見舞われた被害者だった。ところが、2月中旬以降日本国内にも感染が拡大すると、多くの日本人の心の中で中国は加害者に変わってしまった。人の気持ちは、状況が変われば短期間で簡単に変わってしまうものだと思い知らされる。
また、世界の人のことを思いやれない中国人、中国人のことを思いやれない日本人を見ると、相手の立場に立って考え、思いやることの難しさを痛感する。
中国は世界から孤立するわけにはいかない。日本と中国も、切っても切れない関係だ。今回の新型コロナウイルスをきっかけに、各国がお互いを責めるのではなく、思いやり合う関係になることを期待したいものである。
(2020年3月16日、日沖健)