私は2002年に独立し、2004年以降、年間約160~190日研修講師を担当している。そのため、最近の副業ブームの影響からか、企業に勤務する中小企業診断士(企業内診断士)などから「副業でセミナーとか研修の講師をしたいのですが、可能ですか?」という質問をよくいただく。
答えは「Yes and No」、もう少し丁寧に言うと「セミナー講師は可能だが、研修講師はほぼ不可能」である。
質問者は「セミナーとか研修の講師」と講師ビジネスを一括りにしている。セミナーも研修も、あるテーマについて人前で話すという点で変わりない。しかし、セミナーと研修は以下の通り、まったく別物である。
セミナーとは、個人が関心のあるテーマ(たとえば、発想法)について自主的に参加する学習会だ。受講者個人が受講料を支払う。一方、研修とは、会社が直面する課題(たとえば、コンプライアンス)について従業員が会社業務として参加する訓練だ。原則、会社が受講料を負担する。もちろん、その中間的なものも多い。
個人が会社と関係なく受講するセミナーは、平日夜や週末に開催されることが多い。よって企業勤務者でも十分に講師を担当できる。実際、毎月のように週末セミナーを開催し、年数百万円の副収入を得ているという企業内診断士がいたりする。それに対し研修は、会社業務として平日昼間に開催されることが多い。企業勤務者が副業として講師をするのは、物理的に困難だ。
また、セミナーに参加する受講者は、自分と同じ立場のサラリーマン講師から教えてもらうことに抵抗感が少ない。返って共感を呼ぶかもしれない。一方、研修の場合、企業の教育担当者の多くは、他企業の勤務者が片手間で講師をすることに抵抗を感じる(企業がセミナーを開催する場合は別)。最近、中小企業診断士の世界では「“副業”ではお客様に対し失礼なので、“複業”と呼ぼう」と言われるが、呼び名を変えれば解決する問題だろうか。
さらに、セミナーはプロダクトアウト、研修はカスタマーインという決定的な違いがある。セミナー講師は、自分の特殊なスキルや経験というプロダクトを受講者に伝える。講師が持っているものを出すだけなので、主催者と内容を詰める必要はない。一方、研修講師は、企業のニーズをくみ取って、教育担当者と共同で研修を作り上げて行く。教育担当者との間で事前・事後の打合せする必要があり、企業勤務者には対応困難だ。
以上から、副業で講師ビジネスをしたいなら、研修ではなくセミナーをやりましょう、という回答・アドバイスになる。
ただ、私の個人的な希望としては、副業ではなく、会社を辞めてプロの講師になり、セミナーだけでなく研修にも取り組んで欲しい。
研修講師をしている私が言うのもなんだが、研修講師は、講演・セミナーの講師や一般の企業の管理職と比べて、レベルが低い。大した専門知識を持っておらず、勉強もせず、変化・進化する企業のニーズに対応できていない。また人間的にも、会社生活になじめなくて研修講師を始めました、という組織不適合者が多い。そういう研修講師が偉そうに他人にものを教えるというのは、我ながら申し訳ない気持ちがする。
せっかく「講師をやりたい!」という強い意欲があるなら、副業で手枷足枷をはめられて細々と活動するのではなく、さっさと会社を辞めてプロとして活動し、停滞する講師ビジネスの世界に新風を吹き込んで欲しいものである。
(2020年2月24日、日沖健)