人を大切にしない日本の大企業

 

10月に「中小企業びいきは大問題」という文章を本欄に掲載したところ、一部の読者から批判をいただいた。「お前は中小企業診断士なのに、中小企業が嫌いなのか」「大企業にも色々と問題があるだろ。中小企業だけ一方的に叩くのはいかがなものか」

 

私は中小企業が嫌いではないし、中小企業を叩いたつもりもないのだが、それはさておき、今回は大企業の問題点について考えてみよう。

 

大企業の最大の問題は、イノベーション(innovation革新)を生み出していないことだ。日本の大企業が過去の遺産を維持するのに汲々として、イノベーションに取り組んでいないことはよく指摘されるが、アメリカでも同様だ。アメリカのIT業界で次々とイノベーションが生み出すのはGAFAGoogle, Amazon, Facebook, Apple)に代表されるスタートアップ企業で、IBMなど伝統的な大企業はまったく存在感がない。

 

イノベーションという概念に最初に着目した経済学の巨人シュムペーターは、イノベーションの本質は経営資源の新しい結合であり、経営資源を豊富に持つ大企業がイノベーションの主役であると主張した。シュムペーター仮説と言われる。しかし、現実に大企業はイノベーションの脇役で、少なくとも現代においてはシュムペーター仮説は間違っている。

 

経営資源が豊富で、圧倒的に有利なはずの大企業がイノベーションを生み出していないのはなぜだろうか。

 

イノベーションを阻害する要因として、組織の問題が指摘されている。トップや管理職の意思決定が遅い、社内の手続きが煩雑、横並びの人事評価でインセンティブがない・・・。これらの問題点を一言でまとめると、大企業では、大規模になった組織を維持・運営することに忙殺され、従業員の能力を十分に活用できていないということだ。

 

大企業は、優秀な人材を大量に採用している。そして、手厚い教育訓練で能力開発に努めている。ところが、せっかくの優秀な人材が雑用や非生産的な業務に忙殺され、内部的な手続きや規則に縛られ、自由な発想でイノベーションに取り組んでいない。それ以前に、楽しそうに仕事をしていない。

 

近年、「人を大切にする経営」が強調されている。色々な意味があるが、リストラで従業員を切り捨てることなく雇用を維持することやブラック労働を要求しないことを指す場合が多い。現在、日本の大企業で派手にリストラをしているケースは稀だし、ブラック労働もさほど見当たらない。その意味で日本の大企業は、「人を大切にする経営」を実践していると言えるかもしれない。

 

ただ、せっかく優秀な人材を採用し、手間暇かけて教育しながら、十分に活用せず、飼い殺しにしてしまうのが、本当に「人を大切にする経営」と言えるだろうか。ただ給料を払えばよいというのではなく、従業員が個性・能力を発揮し、働きがい・生きがいを感じてもらうのが、真の「人を大切にする経営」であろう。

 

体脂肪計・体組成計メーカーのタニタは、社員の個人事業主化を支援する新制度を導入した。独立を希望する社員は会社に申し出て、収入の見通しなどを協議する。納得すれば退職し、個人事業主となる。退職者は、独立後は会社と「業務委託契約」を結び、当初3年間はタニタの仕事を請け負えるよう保障する。ただし、自分のペースで働き、他社の仕事も請け負える。この制度を利用した退職者は、自分のやりたい仕事に自発的に取り組んでいる。

 

タニタの新制度には「体のいい人減らしだろ」という批判もあり、「人を大切にする経営」に当たるかは判断が難しい。ただ、社員が自発的に働けるように企業がどういうサポートをできるかを真剣に考えているという点で、他の大企業もその姿勢を見習いたいものである。

 

(2019年12月16日、日沖健)