企業研修などの場で、マネジャー(中間管理職)から職場のメンバーのモチベーション低下について相談を受けることがある。人間は感情の動物なので、モチベーションが高いときには信じられない力を発揮するが、モチベーションが低いときには能力が高くてもなかなか成果が上がらない。モチベーションの維持・向上は、マネジャーが職場を運営する上で、極めて重要な課題である。
とくに最近は、派遣・パート・女性・外国人などが増えて職場のメンバーや価値観が多様化していること、また、短時間勤務・テレワークなど勤務形態が多様化していることから、マネジャーがモチベーションアップに向けて個々のメンバーに直接的・継続的に働きかけるのが難しくなっている。
もちろん、手をこまねいているわけではない。多くのマネジャーは「メンバーへの声掛けを実践しています」「懇親会を開いて親睦を深めています」などと取り組みを披露する。ただ、私が「モチベーションが落ちている原因は明確になっているんですか?」と問うと、「そう言われると、どうでしょうかねぇ」という答えが返ってくる。
モチベーションについて、経営学や心理学の世界ではこの100年間「人間関係が重要だ」「いや期待理論だ」「いや内発的動機付けだ」と延々と議論してきた。カウンセラーやコンサルタントといった専門家は、「これが秘伝の必勝法だ」と自分のノウハウを喧伝する。そして、経験・実績が豊富な“できるマネジャー”ほど、モチベーションについて持論を形成し、それを部下に押し付けようとする。
「人は仕事を通して成長する。君に期待して責任のある仕事を任せているんだから、もっと気合を入れて頑張れ」
「人は評価によって動く。君の実力や働きぶりをきちんと評価しているんだから、もっとやる気を見せろ」
しかし、絶対的に正しい理論や誰にも当てはまるノウハウが存在するのだろうか。人がモチベーションを上げ下げする要因は、環境・仕事・評価・報酬の4つがあるとされる。
l 環境:オフィス環境や労働時間といった物理的環境と人間関係など非物理的環境。
l 仕事:やりがい・キャリアとの連動など仕事の内容と適度な目標水準。
l 評価:能力・行動・業績の公正な評価。
l 報酬:給料・ボーナスなど金銭的報酬と称賛・表彰など日金銭的報酬。
このうちどの要因にモチベーションを感じるかは、人それぞれだろう。ある人は、好きな仕事なら24時間でも48時間でも夢中で取り組む。ある人は、明るく楽しい職場で楽しく過ごし、終わったら皆で呑みに行くことを楽しみにしている。
したがってマネジャーは、学者の理論や専門家のノウハウを脇に置き、持論を封印し、部下と一対一で向き合うべきだ。部下に働きかける前に、部下と一緒にモチベーションが上がらない要因が4つのどれなのかを探る(傾聴する)ことから始める。主要因が分かったら、モチベーションの阻害要因を取り除いていく。
また、複数の部下がいる場合、重要な要因は人それぞれ違うだろうから、特定の要因を改善するだけでは不十分だ。少なくとも、4つの要因に大きな穴がない状態にする必要がある。
「パフォーマンス=ベクトル×能力×モチベーション」と言われるように、職場のパフォーマンスを左右するモチベーション。マネジャーが思い込みを排し、冷静に実態を分析し、着実に改善に取り組み、良い職場を作ることを期待したいものである。
(2019年12月2日、日沖健)