OJT・Off-JT・自己啓発の使い分け

 

先週の「企業の人材育成を巡る良い変化と悪い変化」に続いて、人材育成の話。

 

2008年のリーマンショックや2011年の東日本大震災の後は、コスト削減のために教育予算を抑制する企業が目立った。しかし、最近は景気に関係なく継続的に人材育成に取り組む企業が着実に増えている(2011年から景気がずっと上向きというせいもあるだろうが)。

 

ただ、人材育成についての基本スタンスがはっきりせず、せっかくの育成施策が空回りに終わっているケースも目立つ。人材育成の基本スタンスというと、目標とする人材ポートフォリオ(人材の組み合わせ)、育成方針、評価システムとの連動など色々な検討事項がある。これら検討事項のうち、重要なのに意外と注目されていないのが、表題のOJTOff-JT・自己啓発の使い分けである。

 

OJTOff-JT・自己啓発は、よく“人材育成の三本柱”と称される。しかし、実際に日本企業では、OJTは盛んに行われているが、研修などOff-JTの機会は少ない。とくに中小企業・零細企業では、新入社員研修を最後に以降Off-JTを一切実施していないという場合が多い。さらに自己啓発は、かなり教育熱心な先進企業でも「できればやってください」という位置づけで、有名無実になっている。大半の日本企業は、事実上、“OJT一本足打法”だ。

 

アメリカ企業では、職場の同僚、上司・部下はポスト・成果を競い合う憎き敵なので、OJTで従業員同士が教え合うというのは難しい。一方、日本企業ではOJTで仕事についてより深く学ぶことができる。コミュニケーションが活性化するなど副次効果もある。OJTをしっかり展開できているのが、日本企業の大きな強みである(OECDの調査によると、日本のOJT実施比率は加盟国の平均程度だそうだが)。

 

ただし、OJTは万能薬ではない。OJTには、現在やっている基本的なことしか学べない、という致命的な限界がある。OJTは、現在の仕事のやり方をそのまま学ぶものであって、現在の仕事を超える発展的なことを学んだり、現在の仕事を否定・改革するのには向いていない。OJTが有効なのは、新入社員や他社・他職場からの転入者への導入教育だ。

 

多くの日本企業では、何でもかんでもOJTということで、新人だけでなく、係長になっても、課長になってもOJTに取り組んでいる。しかし、仕事の基本が身に付いたらOJTはさっさとお役御免にし、Off-JTなどで専門的・発展的なことを学び、視野を広げ、仕事を、事業を変えていくべきである。

 

さらに注目して欲しいのが、自己啓発だ。イギリスに「馬を水辺に連れてくることはできても、水を飲ませることはできない」ということわざがある。上司から命令されて嫌々OJTOff-JTに取り組むよりも、自分なりにテーマを持って自発的に自己啓発に取り組む方が、学習効果がはるかに大きい。本来、人材育成の大黒柱は、OJTよりも自己啓発であるべきなのだ。

 

一番悪いのはOJT一本足打法で何も問題を感じていない企業、次いで悪いのはOff-JTをやって「わが社は人材育成の先進企業」と自己満足している企業だ。そして望ましいのは、自己啓発で従業員が自主的に学び、仕事・組織を主体的・継続的に変革していく「学習する組織」である。

 

以上は、言われてみれば「当たり前でしょ」という話だが、自己啓発がちゃんと機能している企業にはほとんどお目にかならない。おそらく、経営者や教育担当者が人材育成についてあまり真剣に考えておらず、確固たる基本スタンスを持っていないことが一因だろう。人材育成に金を掛ければ良いというものではない。人材育成についての基本スタンスを抜本的に改めることを期待したいものである。

 

(2019年10月7日、日沖健)