企業の人材育成を巡る良い変化と悪い変化

 

独立開業して17年、研修講師業務でたくさんの企業の教育部門の方とお付き合いしてきた。私が知るこの17年間で、企業の人材育成、そして教育部門は大きく変わった。何が変わったのか。私が感じる良い変化と悪い変化を1つずつ紹介しよう。

 

まず良い変化は、社内で研修への理解が深まり、教育部門の地位が上がったことである。

 

かつて日本企業は教育を軽視し、3K(教育費・交際費・広告宣伝費)と言われる通り、業績が厳しくなると教育費を真っ先に削った。現場のOJTが主体で、研修(Off-JT)はおまけだった。社員が研修に参加すると言うと、上司は「そんな暇があったら早く仕事を片付けろ」と露骨に嫌な顔をするのが常だった。人事部門の中では人事・労務管理が王道で、教育は出世競争に敗れた中高年が担当することが多かった。

 

ところが近年、人材の質が企業の盛衰を決めるという認識が高まり、人材育成が重視されるようになっている。とくに新規性・専門性の高いテーマを学ぶために、従来わき役だった研修が注目されるようになった。学ぶ側の社員も、キャリア意識の高い若手を中心に、研修への参加意欲が高まっている。こうした変化を受けて、エース級の人材を教育担当者に配置する企業が目立つようになった。

 

逆に、悪い変化は、教育担当者と受講者・講師とのコミュニケーションが減ったことである。

 

かつては、教育担当者が自ら研修を企画し、準備し、運営し、研修に立会い、終了後は受講者・講師と一緒に飲みに行くということが多かった。教育担当者が研修を実際に目て見ているから、自分なりに研修の問題点を見つけ出すことができたし、受講者・講師の声をくみ取って研修の改善や今後の研修企画に役立てることができた。

 

しかし近年、人手不足の影響やコスト削減のために、研修運営を外注に出す企業が増えた。外注していない場合でも、立会いは基本的にやらなくなった。受講者から回収した受講アンケートだけ見て、研修の改善(あるいは中止)を判断することが増えている。講師への「A事業部で問題になっている予算管理についても触れてほしい」といった高度な要望は減り、「日沖さんのジョークは受けが悪かったです」という類のコメントが増えた。

 

ということで、良い変化も悪い変化もあり、日本企業の人材育成が良い方向に進んでいるのか、微妙なところだ。良い変化が起こっていない企業、あるいは悪い変化が起こっている企業は、早急に見直してほしいものである。

 

一方、良い変化が起こっている企業、悪い変化が起こっていない企業も、安心してはいられない。世界の先進企業は近年、人材育成を重視し、研修をどんどん進化させているからだ。

 

内容については、職場の実際の課題を取り上げて解決策を検討するアクションラーニングが人気だ。デジタルトランスフォーメーションのような専門性の高いテーマを事業変革と関連付けて学ぶという具合だ。

 

研修方法については、Webベースでしかも受講者参加型の研修を取り入れる企業が増えている。MBAなど外部機関と連携する動きもある。

 

対象者については、経営層の後継者候補を対象に、サクセションプラン(後継者育成計画)と連動させて研修を展開する動きが広がっている。

 

1990年頃まで日本企業は、手厚いOJTで人材育成に関して世界の最先端に行っているとされた。しかし、近年、足踏みをしているうちに、優位性が失われてしまった。日本企業が再び本腰を入れて人材育成に取り組み、世界をリードする日が来ることを期待したいものである。

 

(2019年9月30日、日沖健)