甲子園の全国高校野球選手権がたけなわだ。今年は、岩手県予選決勝で超高校級の剛腕・佐々木朗希投手が登板を回避して社会的な議論になったこともあって、例年以上に甲子園の熱闘が注目を集めている。
ところで、個人的に昔から気になっているのが、「高校野球=甲子園」という常識。佐々木投手の件があれだけ大騒ぎになったのも、「あと1勝で高校球児の夢の舞台・甲子園に出場できるのに、もったいない」という常識が人々の心にあるからだ。しかし、本当に甲子園は高校球児にとっての唯一無二の目標なのだろうか。
高校球児に「目標は?」と訊ねると、ほぼ100%「甲子園です!」という答えが返ってくる。しかし、次のA校とB校で、高校球児はどちらを選ぶだろうか。
A校。甲子園にたびたび出場する私立の強豪校。目標はもちろん「甲子園」。選手は全員寮に入り、年中ほぼ休みなく毎日6時間練習。鬼のような監督の厳しい指導でたしかに野球は上手くなるのだが、楽しさはゼロ。部内の上下関係は厳しく、プライベートはなし。髪型は全員丸坊主。
B校。いつも予選1回戦で敗退する弱小校。合言葉は「エンジョイ・ベースボール」。練習は週1度、2時間だけ。他の部活と掛け持ちしている部員が多い。上下関係はなく、わいわい楽しく練習。練習試合では、地域の草野球チームや女性チームと軟球で対戦し、試合後はバーベキューなどでファンクションを楽しむ。髪型も男女交際も自由。
大学の体育会野球部と野球サークルの部員の割合から推測すると、A校よりもB校の方が人気が高いのではないだろうか。ところが、B校の部員も、口癖は「目指せ、甲子園!」。つまり、かなり多くの高校球児が、本音・現実では「野球を楽しむことが目標」なのに、建前・妄想で「甲子園」と口にしているわけだ。
陸上部に入ったばかり中学1年生でも「オリンピックが目標」と言う。ジムに通い始めたばかりのちびっ子ボクサーでも「夢は世界チャンピオン」と言う。本音・現実とかけ離れた建前・妄想を語るのはよくある話で、目くじらを立てることでもない、という見方もあるだろう。
ただ、建前・妄想に過ぎない目標が本音を駆逐し、現実を支配し、悪い方向に作用することがある。高校野球の場合、「野球を楽しみたい」という多くの高校球児の本音はかき消され、夢の舞台・甲子園を目指すからには、炎天下の中、肩が壊れても投げ続けるのが当然のこととして半ば強制されている。
ビジネスの世界で建前・妄想というと、気になるのは経営理念。どんなに現実離れした空虚な経営理念でも、社長室の額縁に飾られている分には、ひとまず害はない。ところが、その空虚な経営理念が末端の現場にも徹底されて、悪い結果を招いているケースをたびたび見受ける。
「顧客第一」を掲げるあるホテルでは、モンスター客が理不尽な要求をしてきても、従業員は厳しく対応することが許されない。このホテルは、精神的に参って退職する従業員が続出し、人手不足から事業継続が難しくなっている。
「品質第一」を掲げるある部品メーカーでは、不良品ゼロを目標に検査・作り直しをすることを現場作業員に徹底している。このメーカーは、品質レベルと顧客満足度は高いが、コストアップによって赤字が続いている。
多様な価値観が交錯する時代に、関係者の誰もが認める絶対の目標というのはちょっと疑わしい。その目標が弊害をもたらしてないのか、本当に妥当な目標なのか、じっくり考えてみるべきだろう。
(2019年8月12日、日沖健)