世界的にIT人材の獲得競争が激しくなる中、NECは新卒でも1,000万円以上の報酬が得られる人事制度を10月から導入する。この新しい人事制度では、研究職・技術職を対象に基本給を引き上げ、ボーナスの上限を撤廃し、評価次第では新卒でも給与が1,000万円を超えるという。
NECは、昨年6月、45歳以上の社員を対象に3,000名の希望退職を募集している(2,170人が応募)。中高年は切り捨てる一方、若手を優遇しようという思い切った、悪く言うと露骨な施策で、今もなお年功序列の色彩が濃い多くの日本企業に衝撃を与えている。また、NTTがスター研究者に1億円を出すという新制度を導入したこと、富士通・武田薬品工業など大手企業が大規模な人員削減を実施したことも、同じく注目を集めている。
NECなどの一連の措置について、マスコミやネットでは賛否両論がある。「これくらい思い切ったことをしないと、NECは立ち直れない」「世の中の流れだ」といった肯定的意見と「なんの実績もない新人に大盤振る舞いして良いのか」「中高年社員のモチベーションが低下するのでは」といった批判的意見が交錯している。
たしかに、新人優遇にも中高年社員切り捨てにも一長一短があり即断はできないのだが、個人的には、方向は正しいと思う。
東大を出ようが3流大学を出ようが、技術があろうがなかろうが、新人を全員一律に処遇するというのは、優秀な新人にとっては悪平等だ。優秀な学生から見放され、やがて新人採用が立ち行かなくなる。衰えて仕事がままならない中高年でも高給で定年まで面倒を見るというのは、会社にとって大きな負担だ。
いずれも「生産性に応じて賃金が決まる」という労働経済学の原理に反しており、今回のNECの措置は合理的だ。デメリットがあるから止めるのではなく、デメリットが顕在化しないよう注意しつつ推進するべきだ。
NECと言えば、日本のパソコンの代名詞だったPC98シリーズなどで1990年代前半まで世界のIT業界をリードしてきたが、その後アメリカや新興国のライバルとの競争に敗れ、今日まで長く低迷している。いわば「凋落する日本」「変われない日本企業」の象徴というべき存在だ。そのNECが今回思い切った措置を講じたのは、日本企業復活の狼煙となる可能性がある。
ただ、NECが今回の措置で立ち直るのか、他の日本企業がNECに続くのか、最終的に日本企業・日本経済が蘇るのか、というと予断を許さない。NEC・日本企業は、新人の報酬を上げ、高齢者の待遇を引き下げ、入口と出口を変えるだけでなく、会社全体の給与体系を見直す必要がある。さらに、給与だけでなく、関連する人事制度を抜本的に見直すべきである。
給与については、年功序列の見直しが必須だ。職能資格制度を継続するにせよ、職務給や成果給に転換するにせよ、年齢・勤続年数・性別などによらない透明性の高い制度を設計し、公正に運用をする必要がある。また、ひとたび正社員として雇ったら事実上解雇できない硬直化した雇用制度を改め、解雇の金銭解決ルールを導入したい。さらに、テレワークなど柔軟な働き方を推進したい。
NECなどの措置が最近の技術者不足や人件費負担増大に対応した窮余の一策で終わるのか、それとも日本企業の人事制度改革に火がつくのか、今後の動向に注目したい。
(2019年7月15日、日沖健)