世界一幸せな日本のオジサン

 

昨年、岡本純子著『世界一孤独な日本のオジサン』が話題になった。アメリカの調査で「孤独な人は、人的つながりを持つ人に比べて早死するリスクが50%高くなる」という結果があるなど、孤独は健康に非常に悪いらしい。そして、日本の中高年男性は世界で最も孤独な状態にあり、同書は日本の中高年男性のライフスタイルに警鐘を鳴らしている。

 

私は年間140日程度地方出張し、たいてい一人で食事を取っている。決まった組織に所属していないし、ご近所づきあいもない。著者の目から見たら、私は世界一悲惨な生活を送っていることになる。さすがにこの本を読んだときには衝撃を受けて、人付き合いなどライフスタイルを変えようかなと考えた。が、今日までほとんど実践できていない。

 

という話を先月会ったアメリカ人の富豪Nに話したら、一笑に付された。「タケシ、くだらんこと考えない方が良いぞ。日本のオジサンは、世界で一番幸せなんだから」

 

なぜ日本のオジサンは世界一幸せなのか。以下、Nの言い分である(不適切な表現も含まれているが、ご容赦いただきたい)。

 

「俺はアメリカで家族と暮らしているが、アメリカの女性と食事が大嫌いだ。女好きで食いしん坊の人間には耐えられない環境だ。

 

どうしてアメリカの女性が嫌い? そりゃあタケシ、お前だってお尻が巨大で超攻撃的な動物を好きにはなれんだろ? それに比べて日本の女性はお尻が小さし、顔もカワイイし、性格も控え目で、とにかく一緒にいて心地が良い。断然、世界最高だ。

 

性風俗も、アメリカでは基本やるだけ。楽しみも何もない、単なる排泄行為。それと比べて日本の性風俗は、あの手この手で男心を搔き立ててくれる。あれはスゴイな。自動車なんかよりよっぽど国際競争力があるんじゃないのか。

 

食事だってそうだ。今夜の寿司と比べたら、アメリカの食事は犬のエサというレベルだ。この辺(神田)の立ち飲み屋でも、味はニューヨークの高級店にそう引けを取らんだろ。

 

20年前に食べたタケシの奥さんの手料理は最高だったなぁ。うちの奥さんの料理? 隠し味が多すぎると言っておこう()

 

日本のオジサンは、既婚者は世界最高の女性と楽しく暮らせる。毎日、美味しい手料理を食べられる。独身でも、ちょっと金を出せば世界最高のサービスを楽しめる。腹が減ったらそこらの居酒屋に行けばいい。

 

日本のオジサンはサイコーだね。少しくらい孤独でも、ぜいたく言わず、人生楽しめよ」

 

日本の女性と食事は世界最高だというNの意見には、概ね同意する。普段あまり意識しないことだが、改めて言われてみると「そうかもな」と思う。

 

ただ、食欲と性欲が満たされているから日本のオジサンが幸せかと言うと、ちょっと違う気がする。孤独で、居場所がないというのは、やはり大きな問題ではないだろうか。

 

かつて日本のオジサンには、職場という居場所があった。昔の職場では、仕事ができる人もできない人も、老若男女問わず、全メンバーが分け隔てなく受け入れてもらえた。24時間365日居続けても、(ビルの守衛を除いて)誰からも文句を言われなかった。

 

ところが近年、職場での人間関係が希薄になり、業績悪化で給料の高い中高年社員への風当たりが強くなり、オジサンは職場で孤立するようになった。しかも働き方改革で、定時になると職場からさっさと追い出される。職場だけではない。家庭でも、地域でも、自分のことを認めてくれる人が周りに誰もいない。

 

孤独だと、健康に悪いというだけでなく、承認欲求が満たされず、精神の安定を保てない。街中で「畜生!」「この野郎!」とブツブツ言いながら歩いているのは、圧倒的にオジサンが多い印象だ。

 

日本のオジサンは世界一不幸なのだろうか、世界一幸せなのだろうか。今夜は珍しく一人ではなく、大学院の教え子とサシで飲むので、一緒にこの問題について考えてみたい。

 

(2019年3月4日、日沖健)