研修講師の仕事をしていると気になるのが、研修終了後の受講者アンケート。「すごく勉強になった。良い学習体験になった」と満足していただくこともあれば、「最悪のアホ講師、つまらない内容で時間の無駄だった」とボロクソに書かれることもある。私は受講者アンケートをフィードバックされたら一通り目を通すようにしているが、同僚の研修講師には「参考にならないので一切見ない」という方も結構いる。
同じ内容を同じように話しても、受講者に大受けする場合もあれば、まったく受けない場合もある。また、同じ会合の中でも、満足という受講者と不満という受講者が分かれることも多い。受講者満足(顧客満足)というのは、なかなか複雑なものだと思う。
ただし、受講者満足を高めるのは案外簡単だ。ある方から教えていただいた秘策とは、受講者の期待値を下げるように働きかけるのだ。満足は、期待値の充足度合いで決まってくるから、受講者の期待値を下げてしまえば、やっていることは同じでも満足度は上がる。具体的には、研修の終わりに「皆さん、たいへんよくできました。素晴らしい! これくらい理解できていれば十分に実務で使えますよ」などと受講者を褒めておけばよい。
研修だけでなく、あらゆるビジネスで顧客満足が問題になる。とくにサービス業では、各社が必死になって顧客満足度の向上に取り組んでいる。サーベイなどで顧客満足度の高い企業が絶賛されるのだが、実は他社にはない素晴らしいサービスを提供しているというより、期待値が低いという場合が多い。
日本生産性本部「2018年JCSI(日本版顧客満足度調査」の銀行部門で1位になったのは、ソニー銀行。もちろん質の高いサービスを提供しているのだが、根底には「ネット銀行だからどうせ大したことじゃないだろ」という顧客の期待値の低さがある。全業種総合で1位は宝塚歌劇団、2位は劇団四季。ともに「本場ブロードウェイの真似してるだけだろ」とあまり期待せずに見に行くから、「お、なかなかやるじゃん」と満足度が上がる。
かつて首位の常連だったのがオリエンタルランド(ディズニーランド、ディズニーシー)。来場者の8割を占める関東圏のリピーターは、以前は「休日をどう過ごそう。あれこれ考えるのは面倒だから、まあディズニーでも行くか」と期待値が低かった。しかし4年連続で値上げをしたことによって、「せっかく高い金を払うんだから、目いっぱい楽しみたい」と期待値が高まり、顧客満足度が急低下している(現在は36位)。
オリエンタルランドのように顧客満足度が低下したら、企業はどう対処するべきか。理想は、顧客の期待値が高くても、企業がそれを上回る質の高い製品・サービスを提供することだ。とくにサービス業では、サービスを提供する従業員の役割が重要だ。顧客のニーズを的確に読み取り、臨機応変に顧客に合ったサービスを提供できるかどうか。
ただ、努力しているのは、自社だけでなく、同業他社も必死に努力している。他社との競争が激化すると、製品・サービスの質で差を付けるのが難しくなる。それよりも顧客サイドの期待値を低下させる方が効率的・現実的だ。
顧客満足度が高いといっても、顧客の期待値が低かっただけかもしれない。逆に顧客満足度が低いといっても、期待値が高かっただけかもしれない。顧客満足度の高い低いに一喜一憂するのは、あまり意味がない。そう考えると、冒頭で紹介した同僚の研修講師のように、顧客満足度調査の結果などは無視して、自分の信じる最善のサービスを提供することに専念するのが正しいのだろう。
(2018年9月24日)