新卒一括採用を擁護する

 

就職活動(採用活動)の季節になった。少子化で新卒者の数が減る一方、好景気で企業の採用意欲は強く、空前の売り手市場である。

 

一方、1990年代後半の就職活動時、マクロ経済の悪化で就職できなかった就職氷河期世代が40代になろうとしている。新卒の採用市場が過熱するのと裏腹に、スタート時点で仕事の経験を積むチャンスを失った30代後半~40代前半世代には、非正規雇用で低賃金・低スキルのままでいるケースが多い。

 

一橋大学の小塩隆士教授は、「ヨーロッパでは、大学卒業後の数年間は期間限定の契約社員として働き、ウオーミングアップの後に正規の仕事に就く。この就業パターンは、ステップ・バイ・ステップでキャリアを築けることから“踏み石シナリオ”と呼ばれる。これに対し、最初に非正規の仕事に就くとそこから抜け出せない日本のパターンは、“わなシナリオ”。非正規割合は今や労働者の4割。これだけ多くの人が“わな”にはまっている現状を放置すべきではない」(2018年2月18日、毎日新聞)と主張する。

 

最後の「現状を放置するな」という主張はまったく同感だ。最初の仕事が非正規雇用だと、その後も非正規のキャリア期間が長くなる傾向がある。米国の経済学者カーンは、就職時のマクロ経済状況が良好でないと、その後の賃金、昇格が不利になるという研究を発表している。自ら非正規を選択したなら良いが、たまたま景気が悪い時期に非正規で働き始め、それ以降も望まない非正規が続くというのは不幸なことだ。

 

問題は、この状態をどう解消するか。日本企業が新卒一括採用を止めてヨーロッパ型の“踏み石シナリオ”に移行するべきなのかというと、大いに疑問だ。

 

まず、ヨーロッパでは若年層が過酷な状態に置かれていることを認識する必要がある。ヨーロッパ全体で、15~24代歳の失業率は22%に達する。スペインやギリシャのように50%を超える国もある。ヨーロッパでは法定の最低賃金が高いので、企業はどうせ高い賃金を払うならスキルの高い経験者を中途採用しようとする。経験がない新卒者は、失業するか、非正規で単純労働に従事することになる。

 

企業は、いつ辞めるかわからない非正規社員に重要な仕事を任せないし、教育訓練に金を掛けない。企業が積極的に非正規労働者を正規労働者に転換する理由はないのだ。ヨーロッパでも、公的な職業訓練システムが整備されたドイツは別にして、「(まず非正規から始めて)ステップ・バイ・ステップでキャリアを築く」というケースはまれで、失業者や単純労働者として職業人生の大半を過ごすケースが多いはずだ。

 

それに対し日本では、新卒の就職希望者の大半が正社員として働く。とにもかくにも正社員として働けば、経験を積み、教育訓練を受け、能力が高まる。20代と言えば職業能力が最も伸びる時期。その20代の大半が無職か非正規雇用として働くヨーロッパと正社員として働く日本のどちらがよいか。改めて論じるまでもないだろう。

 

ただ、新卒一括採用には、非正規雇用の問題だけでなく、能力が未知数の新人を大量に採用し、福利厚生費や退職金を余計に払う企業の負担の問題もある。新卒一括採用は維持するには、非正規労働者へのサポートや企業の負担を軽減する仕組みが必要だ。

 

まず、非正規労働者のサポートとしては、新卒一括採用に漏れてもやり直しがきくよう、教育訓練を充実させることだ。企業が率先して非正規労働者を教育訓練する動機がないので、ドイツのように国が教育をするか、企業の教育訓練に対し補助金を支給するべきだ。

 

企業の負担を軽減するには、非正規労働者を正社員に転換できるよう、正社員を過度に優遇する退職金税制などを見直すべきだ。さらに解雇規制を緩和し、30歳以上の社員は解雇を可能にするといった取り組みが期待される。

 

日本独特の新卒一括採用は、企業にも学生にも評判が悪い。しかし、人材の質が国家・企業の盛衰を決める知識社会において、この仕組みは日本企業の大きな武器になる。新卒一括採用をいかに無理のない形で維持するかが、国・企業に課せられた重要課題である。

 

(2018年3月12日)