生存バイアスに注意しよう

 

仕事やプライベートで意思決定をするとき、情報を収集し、選択肢のメリット・デメリットを比較し、メリットの大きい選択肢を選ぶ。十分な情報がない場合、意思決定をしないか、間違えても大きな問題に発展しないようリスクヘッジ手段を考える。ここで盲点になるのが、意思決定者は十分な情報があると思っているが、実は十分な情報がないという場合だ。

 

その典型が、生存(者)バイアスである。バイアスとは考えの偏りのこと言う。競争に勝ち残った生存者は存在するのでデータがあるが、競争に敗れて生存できなかった者はデータが残っていない。勝ち残った生存者のデータだけを分析すると、全体の実態とは違う偏った分析結果になってしまうということだ。

 

生存バイアスがよく問題になるのは、資産運用だ。証券会社は「わが社の投資信託5本の平均利回りは年30%、日経平均の上昇率10%を大きく上回っています!」と運用成績をアピールする。30%というのが嘘でないとしても、運用成績が振るわず解散になった投資信託が他にもたくさんあるはずだ。生存者5本だけでなく、全体を分析しないとその証券会社の運用の実力はわからない。

 

生存バイアスは、資産運用だけでなく、あらゆる競争的な場面に関係する。ビジネスは競争そのものなので、ビジネスを分析するときには、生存バイアスを考慮する必要がある。

 

例えば、近年、大学生の就職先として外資系企業が人気を集めている。その理由の一つが、給与水準の高さである。たしかに外資系企業の給与水準は日本企業よりも高いのだが、問題は、外資系企業ではよく「up or out(昇進するか、さもなくば退職)」と言われる通り、社内の競争が激しく、退職者が多いことだ。競争に敗れた退職者は、退職後、在職時よりも相当に低い給与水準になるだろう。勝ち残って在籍している従業員だけでなく、競争に敗れた元従業員まで含めて考えないと、外資系企業への就職を希望する人にとって大切な給与水準の「期待値」はわからない。

 

また、経営学研究の世界では、このところ同族企業に注目が集まっている。サラリーマン社長が無難に経営する成熟大企業よりも、創業家が機動的に経営する中堅・中小企業の方が収益性・成長性が高いという研究結果が多数報告されている。ただ、同族経営の中堅・中小企業が大成功を収めることもあるが、失敗したら大企業と比べて財務体力や管理能力が低い分、簡単に行き詰まってしまう。失敗して倒産した企業も含めて考えると、同族企業が本当に優位なのか疑わしい。

 

外資系企業の報酬水準はわかるが、外資系企業に就職した従業員の生涯賃金はわからない。高収益・高成長でキラリと光る同族企業は目を引くが、それが全体のどれくらいの割合を占め、平均的にどうなのかはわからない。ようは、外資系企業も同族企業も「実態は謎に包まれている」ということだ。

 

こうした例は、ビジネスだけでない。ダイエットでは、「○○ダイエット法で平均10キロ痩せた!」といった必勝法が紹介されるが、ここで言う“平均”は、挑戦者全体の平均ではなく、たいてい成功者だけの平均である。

 

進学・結婚・出産・就職・投資などなど、人生は意思決定の連続であり、意思決定の巧拙が人生を大きく左右する。にもかかわらず、学校でも会社でも、私たちは意思決定のあり方について学んでこなかった。生存バイアスだけでなく、意思決定のあり方について関心を持ってほしいものである。

 

(2018年2月19日、日沖健)