新年を迎え、株式市場が力強く高値を更新するなど、日本経済は明るい雰囲気になっている。そんな中、いま暗い雰囲気で思い悩んでいるのが、本来この状況を最も喜んでいるはずの企業経営者だ。経営者の目下の悩みは、今年の春闘である。各社は、これから春闘の労使協議を始め、3月14日に集中回答日を迎える。
経団連は16日、2018年春闘で経営側の指針となる「経営労働政策特別委員会報告」を発表した。賃上げへの社会的関心が高まっていることから、会員企業にベースアップ(ベア)や定期昇給などで3%の賃金引き上げに前向きに取り組むよう呼び掛けた。安倍晋三首相が昨秋以降、デフレ脱却のために3%賃上げするよう経済界に繰り返し要請してきており、これに応じる形だ。
このところ企業業績は好調だし、残業規制で残業代の支出は減った。企業の財務的な余力は増しており、安倍首相や労働組合は相当な賃上げが実現すると期待を膨らませている。また、人手不足で疲弊感が強まっている企業の現場からも、思い切った賃上げを求める声が高まっている。
しかし、経営者の目線で考えると、賃上げ3%は実に悩ましい。ベアは、基本給だけでなく、社会保険料・退職金・残業代などにも響く。またいったん基本給を上げると、ボーナスと違って景気が悪くなっても簡単に減らせない。戦後最長に迫る景気拡大もそろそろ止まるであろうこと、長期的に人口減少で国内市場が縮小することを考えると、固定的な人件費増につながる大幅なベアには応じたくない、というのが経営者の本音だろう。
では、今年の春闘はどう妥結するのか。さすがにこの状況で経団連会員企業が「ゼロ回答」というわけにはいかないので、大手企業では3%近い賃上げが実現するだろう。例年、中小企業の賃上げは低水準だが、人手不足は大手企業に輪をかけて深刻で、こちらも高水準の賃上げになるだろう。
ということで、安倍首相や労働組合にとって万々歳の展開が予想されるのだが、万々歳ではないのが就職を控えた学生と非正規労働者だ。ベアで正社員の基本給(や社会保険料・退職金)が上がる、残業代はこれ以上減らせない、社員の首を切れない、となると、総人件費を抑制するには、新卒採用を抑制するか、パート・アルバイト・派遣社員を切ろうということになる。
とくに懸念されるのが、派遣労働者の処遇だ。有期労働契約が通算5年を超えたときに、労働者の申込みによって期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換される「5年ルール」が2013年4月に導入され、今年4月1日から無期労働契約の申込みが始まる。派遣労働者の正社員への転換が始まる前に、取りあえずバッサリ派遣契約を切っておこうという経営者の判断にならないか。
本来、過剰に保護されている正社員の待遇を引き下げて非正規労働者への配分を増やすべきだし、人手不足はロボット・AI活用による生産性向上で解決するべきだ。経営者がこうした抜本的な対策を後回しにして、「総人件費を抑えたい!」の一念でリーマンショック後に続く“派遣切りパート2”に進むとしたら、大きな混乱を招き、将来に禍根を残すことになりそうだ。
3月14日と言えば、ホワイトデー。なんとも日本的な返礼文化の日。安倍首相や労働組合には経営者からうれしい返礼がありそうだが、返礼が非正規労働者や労働市場にどう影響するのか、大いに注目される。
(2018年1月22日)