1997年11月17日、北海道拓殖銀行が都市銀行として初めて破綻した。そのわずか1週間後の11月24日、山一証券が自主廃業を決定し、野澤正平社長(当時)が記者会見をした。「金融危機到来!」と世の中が騒然となった。
あれからちょうど20年。日本経済の何が変わり、何が変わっていないのか、簡単に振り返ってみたい。
まずは象徴的なところで株価。日経平均は、1997年末に15,258円だったのが、今月9日に23,000円を突破した。1989年の史上最高値38,915円とバブル後の安値7,054円の半値戻し(22,984円)を達成し、11月には史上最長の16連騰を記録した。相場格言で「半値戻しは全値戻し」と言われるように、「バブル崩壊からの下り坂は終わった」「新記録は新しい時代の始まり」と株式市場は湧き立っている。
日本経済は、株価だけでなく色々な面で20年前と比べて改善している。
1997年には信用不安が深刻化し、貸し渋り・貸し剥がしという言葉が聞かれた。しかし、現在、銀行はカネ余りで貸し出し先がなく困り果てている。カネ余りには不動産投機の過熱など負の側面があるものの、資金難で多くの中小企業が事業を継続できなくなるよりはるかに良い。
失業率が低下したのも、大きな変化だ。1997年には、グローバル競争に敗れた製造業でリストラ・人員削減が始まり、完全失業率は3.4%だった(ピークは2002年の5.4%)。しかし、現在は少子高齢化が進んで人手不足が深刻化し、完全失業率は2.8%(9月末)と完全雇用に近い状態になっている。
ただ、こうした好ましい変化にもかかわらず、最も重要な経済指標であるGDPや一人当たりGDPは改善していない。名目GDPは、1997年が534兆円、2016年が537兆円、一人当たりGDPは1997年が424万円、2016年が423万円と見事なまでに横ばいである。日本経済は、全体で見ると変わっていないと言える。
GDPの最大の構成要素は家計消費だ。GDPが伸びていないのは、家計消費の総額が1997年280兆円、2017年295兆円と微増にとどまっているためだ。消費は賃金の関数であるという経済学の教科書に従うなら、家計消費が低迷しているのは、賃金が上昇していないためである。
企業収益が史上最高を更新しているのに賃金と消費が伸びないという謎について、よく消費税増税やデフレ、あるいはリーマンショック・東日本大震災が犯人扱いされる。しかし、これだけ長期間に渡って賃金と消費の低迷が続くのは、企業と家計が将来に強い不安を持ち、財布のひもを締めているからだろう。
企業にとっての不安は、人口減少で国内市場が縮小する一方、グローバル市場で優位性がさらに低下していくことだ。現在は、金融緩和による円安効果で企業収益は堅調だが、将来の競争力低下が懸念される状況で、労働者に賃金を大盤振る舞いするわけにはいかない。
家計の不安は、年金・医療という社会保障費の増大で国の借金が膨らみ(政府総債務残高は1997年571兆円、2017年1307兆円)、将来、増税など負担増が確実視されていることだ。国の借金が増えても問題ないという楽観的な識者もいるが、国民は将来の負担増を懸念し、生活防衛に走っている。
以上の分析が正しいとすれば、今後必要な政策は、グローバルに活躍する革新的な企業が生まれるよう思い切った規制緩和を進めること、年金・医療を改革し、財政再建することだ。
安倍政権は、外交では一定の成果を上げているが、経済政策には大きな疑問符が付く。規制緩和、とくに解雇規制の緩和など労働市場の改革に及び腰だし、消費税の福祉財源化で財政再建を事実上放棄してしまった。せっかく安定政権を獲得・維持しているのだから、安易に金融緩和に頼るのではなく、ぜひこうした困難な課題に取り組んでほしいものである。
先週、報道番組は「金融危機から20年」を報じていた。概ね「あのときは肝を冷やしたけど、日本経済が復活し良かった、良かった」「同じ失敗を繰り返さないよう、教訓を生かそう」という論調だった。もちろん、教訓を生かすことは大切だが、それよりも20年たって日本経済が変わっていないという現実を直視するべきではないだろうか。
(日沖健、2017年11月27日)