2002年に独立して以来15年間、企業研修の講師をする機会をたくさんいただいている。年にもよるが、講師業務だけで年間150日から190日稼働している。この分野では少々名前が売れているらしく、会社員で独立して講師業をしたいと希望する方から、「どういう準備をしたら良いのか」「仕事を紹介してくれないか」という相談をよくいただく。
相談されたら基本的には親身に対応するのだが、少し対応に苦慮するのが、企業の人事部門で教育担当をしている方、しかも定年が近いベテランの方である。
ベテランの教育担当者は、これまで企業内で研修講師をたくさん担当している。経験という点では、即戦力である。ただ、即戦力なら大活躍できるかというと、そうとは限らない。
現実には、ベテランの教育担当者が研修講師業に転じて成功した例はあまりない(若い頃に独立した方は除く)。独立してしばらくは企業勤務時代のコネで何とか仕事が回ってくるが、1年たってコネが薄れると如実に仕事が減り、3年もすると開店休業状態になる。私の印象では、普通の社会人が独立して講師業を始めるのと成功確率は変わらない。
私に相談に来るベテラン教育担当者は、たいてい自信満々だ。「私も年150日以上講師を担当している」「受講満足度アンケートの評点は5点満点で常に平均4点以上だ」などと、実績を強調する。中には、「今までたくさんの外部講師を見てきたが、自分より教えるのがうまいと思った講師は1人もいない」と豪語する方もいる。「講師業なんて簡単でしょ」というわけだ。
しかし、よく聞いてみると、150日稼働といっても、新入社員研修や昇格者研修のような定型化されたプログラムで、会社が企画・募集などすべてお膳立てし、社員が必須受講という研修ばかりだったりする。また、受講満足度が高いといっても、たいていアンケートは記名式で、受講者は人事部門を相手に低い評価をつけにくい。
研修講師業で難しいのは、まず受注すること、次に受講者を集めること、そして受講者に満足してもらうことだ。講師経験は多くても、この3つの関門をくぐってない教育担当者は、プロから見てまったく鍛えられていない。経験豊富で自信・プライドが高く、その割に能力は低い。研修を主催する企業からすると、あまりお付き合いしたくないタイプである。
というわけで、ベテラン教育担当者から相談を受けたら、以上から「成功する確率はかなり低いですよ」を率直にお伝えしている。この言葉を聞いて、たいていのベテラン教育担当者は、黙って立ち去るか、「お前は上から目線で偉そうだ」と憤慨して立ち去り、それっきりである。
ただし、例外もいる。「日沖さんの話を聞いて自信を失ったが、叱咤激励と受け止めて頑張る」と言う方だ。そして、実際に独立して目を見張るように大活躍し、後日「あの時の日沖さんの厳しい言葉のお陰で今の自分がある」と感謝の言葉をいただくことがある(過去たった2人だが)。
そういう例外的なベテラン教育担当者は、改めて講師業務の基本を学習し直し、オリジナルのプログラムを作り、自分も手足を動かして集客に協力している。自信がないからこそ、「なんとかしなければ」と必死に努力したのだろう。
一般に、ものごとに自信を持つのは良いことであり、自信があるのとないのでは、自信がある方が成功しやすいとされる。野球では、「ああ打たれちゃうかなぁ」と弱気のピッチャーよりも、「俺の球を打てるものなら打ってみろ」と強気のピッチャーの方が打たれにくいと言われる。
しかし、実際のところはよくわからない。才能のあるピッチャーはあまり打たれないので自信が醸成される、才能のないピッチャーはよく打たれるので自信が持てない、という可能性があり、自信のあるなしと成功・失敗の因果関係は明確ではない。
世間一般のことはわからないが、少なくとも講師業では、自信がない方が謙虚に自分を見つめ直し、自信が得られるまで必死に努力するというプラスの効果もあるということだ。
(日沖健、2017年11月20日)