問題への気づき

 

知り合いの研修講師Aさんの体験。

 

Aさんが先日、大手物流会社の研修で会場に開始40分前に着いたところ、研修会場の会議室が開いていない。10分経っても、20分経っても事務局の担当者が現れず、会議室に入れない。Aさんや受講者が会議室の入り口で待たされる。なんと担当者に寝坊してしまったらしく、ようやく別の担当者が現れて会場が開いたのは開始10分前。Aさんは大急ぎで準備し、定刻通り研修をスタートした。研修そのものは、大きな問題なく終えることができた。

 

さて、Aさんが後日確認したところ、事務局はこのトラブルを主催者(経営層や人事部)に報告しなかったらしい。事務局としては、たしかに講師や受講者を待たせたが、開始が遅れたわけでも、研修が滞ったわけでもない。大きな問題ではないから報告する必要はない、と判断したのだろう。

 

Aさんは、この対応に異を唱えたりしなかったが、私には「何もなかったという判断は、まったく残念です」と不満を口にした。

 

何ごとも、最初が肝心だ。とくに見知らぬ人同士が集まる研修では、初期段階の関係作り、場の雰囲気作りが極めて大切だ。講師が直前にバタバタと準備してスタートすると、最初はどうしても場の雰囲気が固くなる。おまけに受講者も「おい、朝から待たせやがって」と少々イラついている。表面的には問題なかったとしても、やはり大きなマイナスがあったのではないだろうか。

 

Aさんはこの事態を問題だと思ったが、事務局は問題だと思わなかった。ビジネスでは、こういう行き違いがよくある。ある人にとっては問題でなくても、別の人には大問題、という状態だ。いま社会を騒がせている日産自動車や神戸製鋼所の品質問題もよく似た構図だろう。社内の担当者は「品質は良いわけだし、少しくらい手続きが違っても問題ないでしょ」と、経済産業省・マスコミは「きちんとした手続きを踏まないのは企業への信頼を揺るがす大問題だ」と考えた。

 

問題は、絶対的に存在するわけではなく、個人の認識に依存する。もちろん、「これは問題だ」と認識しないと手を打てない。手を打てないと、基本的に問題は解決しない(時間が解決するという場合もあるが)。重要な問題に気づくかどうかは、ビジネスでは極めて大切だ。

 

では、問題に気づくには、どうすれば良いのだろうか。

 

一つは教育訓練だ。問題とは現状とあるべき姿のギャップなので、現状分析やあるべき姿を描く技法を学ぶことで、問題を発見する能力が高まる。また、問題発見・問題解決に向けたマインドや問題解決の技法を高めることができる。

 

ただ、人が置かれた立場や主義・信条などによって、あるべき姿は大きく異なる。教育訓練で問題発見力が高まっても、他人の立場に立ってあるべき姿を描くというのは、なかなか容易なことではない。他人の立場に立つというより、実際に他人から問題を指摘してもらうのが効果的・効率的だ。つまり、教育訓練だけでなく、他人の見方を取り入れるような仕組みや組織運営の改善も必要になってくる。

 

日産自動車や神戸製鋼所のような不祥事が起こると、まずコンプライアンス研修をやり、続いて問題解決研修をやり、「しっかりルールを守り、問題に対処しましょう」という話になる。それだけでなく、他者の声をスムーズに取り入れるよう、情報収集・共有・活用の仕組みを作る必要がある。

 

三菱自動車など同じ組織で不祥事が繰り返されるケースでは、組織の体質に問題があるとされる。おそらく三菱自動車でも、コンプライアンス研修や問題解決研修を実施しただろう。しかし体質を変えるには至らず、しばらくすると忘れると不祥事が起こる、という繰り返しになっているわけだ。

 

こういう悪しき伝統を断ち切るには、他者の声を取り入れるようにコミュニケーションの仕組みを変えるとともに、不適切な人を入れ替える、評価の仕組みを変える、といった抜本的な対応が必要だろう。

 

9月以降、日産自動車に続き、神戸製鋼所、そして先週はスバルと、不祥事が相次いでいる。対岸の火事で済ませるのではなく、日本企業全体が考えるべきことである。

 

(日沖健、2017年10月30日)