コンサルタント・大学教員・研修講師などの立場で経営学について研究したり、教育・指導したりして15年になる。今週と来週の2回に渡って、経営学について疑問に感じていることを考えてみたい。
企業の役員クラスに研修をすると、受講者から「日沖さんが言われたことは、うちではすでに取り組んでいますよ」とよく言われる。そして、「新しい発見がなく、つまらなかった」と否定的に捉える受講者もいれば、「わが社のやっていたことが間違いでなかったことが確認できて良かった」と肯定的に受け止める受講者もいる。
一般に研修は、基本的な理論・技法を学ぶことが目的で、最先端の理論・技法を紹介する場ではない。したがって、「うちではもうやっています」という反応自体は驚くに当たらない。ただし、「新しい発見がない」という企業人の批判の声をどう受け止めるかは難しい問題だ。
19世紀までの自然科学では、ベーコンの帰納法に代表されるように、自然界の現象を収集して、そこに共通する法則性を「発見」する作業が行われた。このアプローチでは、法則それ自体はたしかに「発見」なのだが、すでに自然界に存在する現象を分析しているだけで、人間が認識していることの「確認」あるいは「解釈」という方が正確だろう。
ところが、20世紀以降、自然科学が高度化すると、自然現象を収集・観察・分析するという原始的な手続きから法則を発見する余地は狭くなった。そこで、ポパーが主張するように、現実から飛躍した「大胆な推論」で法則性(仮説)をまず考え、それを事実によって検証するという手続きが行われる。アインシュタインの相対性理論も、山中伸弥のiPS細胞も、通常の人間の認識をはるかに超える、まさに「発見」である。
経営学など社会科学は、ベーコンとポパーのどちらに該当するか。世界の経営学の論文をくまなく読んだわけではないが、主要な学会誌を見る限り、ほとんどがベーコンの方法による研究である。
たとえば、「M&Aは企業価値にプラスに作用するか、マイナスに作用するか」という問いを設定し、M&Aと企業価値のデータを集め、統計的に処理する。そして「M&Aは企業価値を増加させない、むしろマイナスに作用する」という結論を導く。ただ、この結論は学問的には新しい「発見」であるとしても、多くの企業人が直感的に感じていることで、「わかりきったことをご丁寧に確認してくれた」に過ぎない。企業人がそれに大きな価値を認めるかというと、「つまらない」「どうしてそんなこと一生懸命やっているの?」という感想になるだろう。
心理学のような個々の人間を研究対象とする学問では、ポパーのアプローチ、つまり大胆な仮説を作り、実験をすることで、人々がまったく思いつかなかった「発見」が得られることがある。しかし、企業・産業を対象に大規模な実験をするのは難しいので、ポパーのアプローチで経営学の研究をするのは困難だ。つまり、経営学ではわかっていることを「確認」することが主体で、本当の意味での「発見」はないのだ。
とすると、「最新の経営学」にどこまで価値があるのか、という疑問が出てくる。冒頭の研修受講者のように、経営学に新しい「発見」を期待する声は多いし、欧米の「最新の経営学」を日本に紹介して好評を博している学者もいる。しかし、経営学では最新と言っても本質は「確認」で、「発見」ではない。今まで確認できなかったモヤモヤが少しすっきりするという程度で、企業人にとってどこまで価値があるのか疑問だ。
企業人のモヤモヤを解消するのが経営学の役割だとしたら、むしろ企業人が学ぶべきは、そして学者や研修講師が教えるべきは、古くから言われる古典的な理論、原理原則であろう。なぜなら、多くの企業人が悩むのは、まったく目新しい現象よりは、部下から信頼を得るにはどうすればよいのか、組織を効率的に運営するにはどうすればよいか、といった比較的繰り返し起こる問題だからだ。
たとえば、組織の効率的な運営については、百年前から管理原則(専門化の原則・階層化の原則・統制範囲の原則・命令統一性の原則・権限責任一致の原則)が提唱されている。実際、「最新の経営学」の理論を知るよりも、こうした伝統的な原則を理解することの方がはるかに実務で役立つ。
「最新の経営学」を研究することや紹介することにどういう価値があるのか、経営学に携わる関係者は真摯に考えるべきである。
(日沖健、2017年7月24日)