15年前に経営コンサルタントとして独立開業する直前、大手コンサルティング会社の社長で著名コンサルタンのA氏とお会いする機会があった。そのとき、A氏が私に説いたのが、表題の「セミナー屋にはなるなよ」というアドバイスである。
コンサルティングは、顧客(経営者)の悩みを聞き、顧客とともに考え、顧客と二人三脚で経営改革を進めるプロセスだ。セミナーで1時間くらいしゃべるだけで経営改革が実現するはずがない。短時間で効率よく稼げるからといってセミナーで知識の切り売りばかりしていると、コンサルタントとして大成しないぞ――これがA氏の言わんとしたことだ。
コンサルティング業務だけやっているコンサルタントはまれで、たいていは企業研修やセミナーも行う(ちなみにM社やB社のような大手ファームでは、著名な経営幹部がセミナーなどで集客し、若手がコンサルティングを担当するという分業体制)。そして、A氏だけでなく多くのコンサルタントが次のような業務の序列を考えている。①コンサルティング「最も価値のある崇高な業務、よしやるぞ!」、②企業研修「あまり価値はないけど、ニーズがあるから頑張るか」、③セミナー「まったく価値はないけど、顧客開拓のために仕方ないからやるか…」
独立開業した直後の私は、生活のために依頼された仕事は何でも引き受けた。コンサルティングも企業研修もセミナーもやった。ただ、A氏の言葉が常に頭の片隅にあり、セミナー講師を引き受ける際には何となく後ろめたさを感じていた。
しかし、何年か経ってこの考え方が大きく変わった。コンサルティングには皆が言うほど大きな価値はないのではないか、逆にセミナーは顧客にとって極めて重要ではないか。
二人三脚で経営改革といっても、実際にはコンサルタントと顧客が四六時中膝を突合せることは不可能だ。すべての経営改革は、最終的には顧客が自分の頭で考え、自分で実行し、自己責任で成果を実現するしかない。コンサルタントの役割は、顧客が考えるきっかけを作り、実行面でつまずかないよう手助けをすることだ。
ここで、コンサルティングの大きな矛盾は、コンサルタントが顧客に深く関与すればするほど、顧客がコンサルタント依存になってしまうことだ。少し考えに詰まるとコンサルタントにアイデアを求める。ちょっとしたトラブルでも手助けを求める。たしかに優秀なコンサルタントが顧客に手鳥足取り密着サポートすれば、経営改革が実現する確率は高まる。しかし、顧客がコンサルタントなしで自律的に経営することができなくなってしまい、長期的には発展できない。
一方、優れたセミナー講師は、聴き手に経営を考える新たな視点を提供してくれる。物事の本質を教えてくれる。さらに、「よし、これから経営を変えるぞ!」とその気にさせてくれる。
テンポスバスターズの創業者・森下篤史がセミナーに感化されて起業に何度もチャレンジしたように、セミナーが経営や人生を変えるきっかけになることは多い。ちなみに私の人生に最も大きな影響を与えたのは、学生時代に読んだマックス・ウェーバーの講演録『職業としての学問』である。
もちろん、すべてのセミナーが役立つわけではない。すべてのセミナー講師が経営の師匠になるわけでもない。現実には、A氏が批判したように、知識の切り売り、しかも同じ内容のセミナーを何度も繰り返す手抜き講師が圧倒的に多い。私もA氏のアドバイスを重く受け止め、知識切り売り型のセミナー屋にならないよう自戒している。
結局、ウィリアム・ウォードの「偉大な教師は学ぶ者の心に火を点ける(The great teacher inspires.)」という名言の通り、コンサルティングであれ、研修であれ、セミナーであれ、顧客に考えさせ、顧客に「よし、やるぞ」とその気にさせるのが、優れたコンサルタントの条件だ。そして、顧客の思考・マインド・行動を変えるという一点において、コンサルティング・企業研修・セミナーに本質的な違いはないのである。
(日沖健、2017年6月26日)