武蔵小杉と菊名で思うこと

 

私は名古屋出身だが、東急東横線沿線での生活が長くなった。武蔵小杉に大学1・2年の2年間、学芸大学に結婚前の2年間、再び武蔵小杉に結婚直後と海外から帰国後の計2年間、さらに菊名に自宅を購入して2002年から15年間住んでいる。とりわけ武蔵小杉と菊名は近年大きく変貌しているので、住宅事情を中心に感じていることをまとめてみたい。

 

まず武蔵小杉。言うまでもなく、21世紀以降の日本国内で最も変貌した街である。私が学生の頃(バブル初期)の武蔵小杉は、駅前に工場が立ち並び、労働者相手の大衆キャバレー・焼鳥屋・パチンコ屋ばかりが目立つ冴えない街だった。しかし、工場が閉鎖・移転し、その跡地に次々とタワーマンションが建った。かつての工場地帯が一転、セレブの街に生まれ変わった。

 

今も行きつけの居酒屋を目当てにたまに武蔵小杉に行く。昔を知る者としては、何度来ても街の変貌・発展ぶりに驚く。と同時に、コンサルタントの悪い癖で、頼まれてもいないのに街の将来を心配してしまう。

 

一つは、待機児童の問題である。この地域では、タワーマンションにファミリー層が大挙して移住してきたため、託児所の増設が追い付かず、一躍、全国有数の「保活激戦区」になった。学校の教室の不足も深刻で、一部の小学校はプレハブ校舎を増設して対応している。川崎市が必死の対策を講じているので、いずれこの問題は解決するだろう。しかし、10年後には子供の数が激減し、逆に託児所や小学校が余ってしまう。さらに20年後には住民が高齢化し、介護施設の不足が問題になる。短期間で人口動態が激変すると、何がしか問題が発生し続けるということだろう。

 

もう一つの心配事は、タワーマンションの大規模修繕である。昨年、日本初の大規模タワーマンション「エルザタワー55」(埼玉県川口市)が大規模修繕工事を行い、話題を呼んだ。「エルザタワー55」は1998年の竣工なので、武蔵小杉のタワーマンション群もそろそろ修繕が始まるわけだ。小さなマンションでも住民が大規模修繕を合意するのは至難だというから、住民数が桁違いに多いタワーマンションで適時・適切な大規模修繕が実現するのか、大いに疑問だ。

 

一方、菊名は、丘陵地帯で平地が少なく、古くからの住宅が密集しているので、大きなマンションがどんどん建つというような劇的な変化はない。しかし、今、街中のあちこちで、住宅建設工事が行われている。その多くは、相続税対策の賃貸用アパートの建設と思われる。

 

2015年の相続税法改正で、基礎控除が縮小し、課税最低限が下がった。そのためこの界隈でも、少し広い土地を持っていると相続税が課税されるようになった。そこでプチ富裕層たちは、借金してアパートを建てて土地の課税評価額を下げる節税策に走っている。

 

借金してアパートを建てれば、たしかに相続税を軽減できる。問題は、十分な入居者を確保し、家賃収入で借金を返済できるかどうかだ。菊名は賃貸アパート市場では人気エリアらしいが、それでもこれだけアパートが乱立すると、入居者を確保できるかどうか疑わしい。首都圏でも人口が減少に向かう2025年頃には、相続税を数百万円節税できたが、数千万円の借金で首が回らなくなってしまった、という笑えない事態が続出しそうだ。

 

ところで、タワーマンションの託児所問題も、大規模修繕問題も、節税対策アパートの危険性も、決して目新しい話ではなく、以前から専門家が警鐘を鳴らしていた。タワーマンションの住人や首都圏の地主がそういう話しを聞いていなかったということはないだろうから、どういう心境でタワーマンションの購入や節税対策用アパートの建設に踏み切ったのか疑問に思う。

 

不動産業者・金融機関に強引に勧誘された可能性もあるが、それよりも「一般論はそうだけど、俺は違う」「遠い将来の話でしょ、その時になったら考えればよい」と楽観的に意思決定したのではないだろうか。タワーマンションの住人や首都圏の地主というと、日本社会では「勝ち組」である。日本の「勝ち組」は、意外と楽観的で、将来のことをあまり深く案じていないということだろうか。

 

(日沖健、2017年6月12日)