先週までに公表された主要企業の2017年3月期決算は、純利益ベースで一昨年を上回る史上最高益となった。経営者はリーマンショック・東日本大震災とその後の円高による苦境からの完全復活を宣言し、マスコミは「低成長下で稼ぐ力を磨き、高みを目指す“最高益4.0”に挑む」(5月25日・日経新聞)などと喜んでいる。
しかし、日本企業の最高益を手放しに喜んで良いものだろうか。
今回の決算の特徴を一言でまとめると「減収増益」である。上場企業全体で史上最高益を記録したが(増益)、売上高は7期ぶりに前期比約3%の減少となった(減収)。最高益を記録した企業のうち約150社が前期比減収だという。日本企業復活の象徴とされる“絶好調”ソニーも前期比6.2%減の大幅減収であった。
法人企業統計によると、日本企業の損益分岐点比率(=損益分岐点売上高÷売上高)は約6割まで低下し、過去40年間で最低水準になっている。日本企業は無駄な設備投資を抑制し、人件費を削減するなど合理化努力が実り、売上高が減っても利益を確保できる筋肉質になった。
今期は円高で円ベースの売上高が減収になったが、それまで6期は増収だったので、減収は一時的なものだという見方もできる。ただ、昨年までの増収は東日本大震災からのリバウンドや円安の影響が大きかった。東日本大震災直後の低迷からは復活したものの、まだリーマンショック前2007年の史上最大売上高を超えていない。また1社あたりの売上高はバブル期とほとんど変わらない。日本企業を人間にたとえると、肥満だった中学生が、その後ダイエットに取り組んで筋肉質に変わったが、大人になっても身長は中学生の頃からまったく伸びていない状態である。
日本企業の低成長体質は深刻な状態にあるが、当の経営者からはよく「成熟した日本市場で高成長を追い求めるのは現実的でない。低成長でもしっかり儲けることが大切だ」という意見を聞かされる。しかし、この一見もっともらしい“大人の論理”は、間違っている。なぜなら、減収増益の状態は長く続かないからだ。
まず、企業はコストをゼロまでしか減らせないので、コスト削減には量的な限界がある。日本企業は伝統的にコスト管理がユルユルだったので、1990年代後半からかれこれ20年以上に渡ってコスト削減を続けられた。しかし、ここからさらに5年・10年と大規模なコスト削減を続けられるかというと、さすがに疑問だ。経営者から「今後も継続的にコスト削減を進めていく」と言われると、「継続的と言わず、さっさとやったらどうか?」と思ってしまう。
これ以上はコスト削減で収益を拡大できないとなると、経営資源の制約が問題になってくる。投資家は投資先の利益成長を期待するから、低成長企業に投資しようと思わない。能力・意欲のある労働者は賃金の上昇とやりがいのある仕事を求めるから、賃金が増えず敗戦処理業務が多い低成長企業には就職しようと思わない。低成長企業には資金と人材が集まらず、経営が立ち行かなくなるのだ。
そもそも、「成熟した日本市場でなんとか防戦を続けよう」という発想が良くない。成熟市場の日本でもAI・ロボット・介護など成長分野はあるし、世界に目を向ければ市場は大きく広がっている。減収増益を是とするのではなく、増収増益という企業本来の姿に向けて今こそ舵を切るべきではないか。
経営者とこの話をすると、よく「海外企業をM&Aすれば良いんですね!」という展開になるが、これもいかがなものか。M&Aをすればたしかに増収増益を実現できるが、2つの会社が1つになるだけで合計した企業価値が増えるわけではない。M&Aは、理論的には企業価値に中立なのだ。それどころか、多くの実証研究によると、経営統合に手間取り、合計の企業価値を減らすケースの方が多いという。
経営者が取り組むべきは、自社の手による新製品開発と新規事業創造だ。コスト削減に比べてたしかにリスクは大きいが、チャンスも大きい。
減収増益は長続きしない。最高益に満足せず、リスクを取って新製品開発・新規事業創造に踏み出すことができるかどうか。今まさに経営者の覚悟が問われている。
(日沖健、2017年5月29日)